Ep.19‐4 アリス・イン・ワンダーゲーム Day.3

 神社の階段の下から現れたのは、病院服の着の身着のままの朱鷺山しぐれだった。急いでここまで駆けてきたのか、息を切らしている。

「あら、お姉ちゃんも参加するの? いいわよ。遊びは人数が多いほど楽しいものね!」

 アリスは嬉しそうに言った。そしてしぐれにルールを説明する。しぐれは頷きながらルールを聴き終えた。

 体の殆どを石化され動けない僕はただ祈るしかない。しぐれが駆け出す音が、ひんやりとした石畳を通して伝わってきた。

 しぐれの足音が緩慢になっていく。心なしか、何か重たいものを引き摺っているような音。一体何がどうなっているのだろうか。状況が全く掴めない。

 神にも祈るような気持ちで永遠にも等しい時を過ごす中、不意に終わりは訪れた。アリスが悔しそうに何か言っている。勝った……のだろうか?


 暫くしてしぐれが僕の許に駆け寄ってくる音が聞こえた。

しぐれが僕の身体にそっと触れ、権能を発動させると、石化して動かない身体は春の雪解けのようにほぐれていく。

 数分ほどで僕の身体は元に戻った。

「ありがとう、君がいなかったら僕たちは全滅だった……。でも、どうやって?」

 朦朧とした体で、僕はしぐれに尋ねる。なぜ、僕らの中でも一番体力のない彼女に、この遊戯が突破できたのだろう?

「私が勝てたのはです。そうでなきゃ、こんな酷い作戦、思いつかなかった……」

 しぐれは申し訳なさそうに、階段の中途から境内の方を指差した。不貞腐れたアリスの横には、物言わぬ葉月の石像――――。

 ああ。僕は納得した。つまり、この遊戯を攻略するには最初から誰かを犠牲にしなくてはならなかったのか。どんなに足が速くても、境内に辿りつくまでの時間より石化する時間の方が早い以上、①石化したAを盾にして石蛇女メドゥーサの視線を逃れつつ、②後ろからAの石像を境内まで引き摺る、というステップを踏まなければこの遊戯はクリアできない。なんて、残酷な遊びなのだろうか。こんな遊戯を悪意なくけしかけたアリスの策謀さくぼうに僕は末恐ろしいものを感じた。


 しぐれは法条と葉月の石化を『時計仕掛けの少女』による時間の巻き戻しで解除していた。

「あ~~あ。これなら一網打尽に出来ると思ったのになあ。まさかそんな能力を持ってる人がいるなんて」

 アリスは不満そうに呟いた。

「どんな御託を言っても、僕たちの勝ちに揺るぎはない。約束だからね、アリス。明日、最後のゲームを乗り切ったら、僕たちに協力してもらうよ」

「ええ、いいわよ。でも凄いね。こんなに追い詰められたのに、絶対最後まであきらめないんだもの。あたしならきっと……。いえ、何でもないわ。明日も楽しみにしてるね!」

 そう言ってアリスは天馬ペガサスを召喚し飛び去って行った。残る遊戯はあと一つ。一抹の不安を抱えながらも、僕は覚悟を新たにした。


       ◇


 八月五日の夜、そして迎えた最後の遊戯。種目は鬼ごっこ。場所は高層ビルが林立するオフィス街。曲がり角や交叉が多く、注意しないと忽ちに見逃してしまいそうだ。鬼は僕たち四人。逃げるのはアリス。このハンディキャップを埋めるだけの策が、彼女にあるのだろうか? 

「お姉ちゃんたちには、これを付けてもらうよ」

 そう言って彼女が取り出したのは……手錠だった。

「二人一組になって、これで手首を繋いで。手錠は絶対外しちゃダメ。外したらバクハツするからね」

「ひいっ」

 しぐれが短い悲鳴を上げた。

「そんなに怖がらないで、お姉ちゃん。今日の遊びはそんなに危なくないから」

 アリスは満面の笑顔で僕たちに笑いかける。これまでの二回の遊戯で、彼女が何かしらの策を講じているのは解っている。僕がアリスなら、果たしてどうする――――? 

「そんなの、信じられるわけないでしょう……!」

 葉月はアリスを睨みつけている。散々な目に合わされたのだから無理もない。

 アリスは無視して続ける。

「制限時間は十分。それまでにあたしを捕まえられないと――――解ってるよね?」

 アリスは妖しく笑った。その笑いに僕は肌寒くなる。

 それに、彼女が召喚するの件もある。果たして今日は一体どんな幻想生物を召喚してくるのだろうか?

「それじゃあスタート。あたしがそこの曲がり角まで行ったら、追いかけ始めてね」

 アリスは駆け出した。

 僕たちがまず考えるべきは、ペアをどうするかだった。足の早い葉月と法条を繋いで機動力を上げたペアで勝負に出るか、早い人と遅い人を繋いで中庸を採るか。

「私は後者に一票だな。まず間違いなく彼女は私たちの命を摘みに来る。戦力は分散した方が良い」

 法条の言った通りに、葉月と僕、法条としぐれでペアを組む。

 アリスが曲がり角に差し掛かった。遊戯ゲーム開始スタートだ。

「悪いけど、最初から飛ばしていくよ」

 葉月はアリスが姿を消した曲がり角に向けて真っ直ぐに駆ける、半ば引き摺られるようにして、僕は走った。

 曲がり角を折れると、十字路に出た。そして、僕たちを待ち受けていたのは、

「「わあ、速いのね。逃げなきゃ!」」

 全く同じ声音でそれぞれ別の十字路へ姿を消す、だった。

 戸惑っている暇はない。急いで僕たちはアリスの片割れを追いかける。法条たちももう片方を追跡に移る。

「どういうこと……? あの分身能力も、あの子の能力なの?」

 恐らく、そうだろう。

 彼女の能力は「自分が想像した生物を具現化する能力」と推測して間違いない。つまり、彼女が思い描けば「彼女自身」も召喚できるのではないか? もう一人の自分ドッペルゲンガーが、今宵彼女が召喚した生物だ。なんて奇怪な能力なのだろう。

「二人に分身したところで、高が知れてるわ。次で最後よ」

 葉月は不敵に笑った。アリスが再度曲がり角を折れる。そして、僕たちは今度こそ二の句が告げなかった。アリスが、再度二人に増えている。

「な……」

 絶句する僕と葉月を尻目に、手錠から無機質な電子音が響いた。よく見ると手錠には小さな液晶画面が付いており、ご丁寧にカウントダウンを始めてくれていた。


 ――――手錠は絶対外しちゃダメ。外したらバクハツするからね。まあ……

 脳内でアリスが、にこやかにそう告げるのを僕は確かに感じ取った。

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