Ep.10‐2 予期せぬ強襲

 それ以上待っても、新たに現れる者はいなさそうだった。葉月は辺りを見渡し、

「五人、か……」

と少し残念そうに呟く。が、すぐにまた陽気な声に戻って、

「うん、まずは感謝だよね。みんな、来てくれてありがとう。理由は聞かないけど、来てくれたってことはあたしの話に多少は耳を貸してくれたってことでしょ?」

「まあ、一応はね」

 双児宮、片桐藍がくすりと言った。先ほどまで双魚宮、加賀美アリスと決死の戦いを繰り広げようとしていたとは全く思えぬ立ち回りの速さである。

「私は、もう誰も死なずに済むのなら……って思って」

 しぐれはまるで狩人に怯える野ウサギのように、おどおどしながら言った。

「さて、教えてもらおうか。君はどうやって戦いを止めるつもりだ」

 天秤宮ライブラは、先ほどの小競り合いは黙っておいてやると言う風に双児宮と双魚宮を軽くにらみながら、葉月に問う。

「うん……そのことだけどね。発想としては単純で申し訳ないんだけど、皆の魔導書グリモアを一か所に纏めておくのがいいと思ったの」

「ほう、それはどういうことだね」

 天秤宮は興味を惹かれたのか、続きを促した。

「皆の魔導書を誰か一人に管理させる。魔導書がなきゃ、権能は使えないんでしょ? 能力自体を封じることは出来なくても、その大元を封じることは出来るよね?」

ね、という風に彼女は後ろを振り返り、彼女の悪魔ベリアルの意見を求めた。

「葉月……俺は正直賛成できないぞ、正気の沙汰とは思えねえよ。あんな作戦を聞かされた日にはな。お前の負担が大きすぎる」

「それってだれかにあたしの魔導書を預けるってこと? そんなの嫌よ。あたしは手放したくない。他の誰かになんて任せられないわ」

 アリスは反論した。

「預けるってのはちょっと違うんだよね。正確には……」

 そう言って葉月は、間を置いた後、

。掘り返せないくらい地中深くにね。勿論、あたしたちにしか解らない場所に。管理はあたしがするわ」

「無茶苦茶だよ、そんなの! 大体僕らの中の誰かが裏切って全員の魔導書を破壊したらどうなるのさ? 全滅だよ、お姉さん責任とれるの? そうでなくても疑心暗鬼になって、同盟なんて空中分解するに決まってる」

 片桐藍は懸命に反論したが、その後に続く葉月の言葉を聞いては唖然あぜんとするしかなかった。

「大丈夫。あたしを信じて。。あたしの権能は肉体の強化なの。

「な……」

 片桐は黙りこくった。アリス、しぐれも同様に、ただただ狂っているとしか思えない葉月の話を聞くしか術がなかった。

 天秤宮は呻吟しんぎんしたのち、口を開いた。

「いかに君が強力な肉体を持っていても、敵は同じ能力者だぞ? 君ひとりに任せきりにして能力を放棄するのは、いささか以上に不安が残るな。それに、この会話も誰かに聞かれているかもしれない」

「その点はあたしの力を信じてと言うしかないけれど……大丈夫。あたしの悪魔、ベリアルの能力はね……」

後は任せた、というように葉月はウインクする。ベリアルはやれやれと言う風に首を捻って、

「魔力感知。俺は半径二キロ以内の悪魔の位置が解る。この場には五体。ちょうど契約者の数と同じだ」

「それに、相手の場所さえ把握できれば簡単に逃げられるしね」

 葉月は自信たっぷりににんまりと笑った。

 だが、一見ペースを握っているかのように皆が思った葉月の高説も、実際にはかなりの綱渡り、ブラフの重ね塗りであった。彼女の『月下美刃』による身体強化は月夜にしか効果がない。新月の夜などは逆にパワーダウンする。さらに言うと、ベリアルの魔力感知とて完璧とは言い難い。先の道流とアスタロトとの対決のように、相手側にも未来予知などの感知系能力者or悪魔がいた場合に接敵は避けられない。そして、もう一つ、彼女たちには誤算があった。それを知るのは、このすぐ後のことである。


「どう、納得できた? 私に魔導書を預けてくれないかな。安全は保障するよ。これでも納得できないのなら仕方ないけど……強硬手段に出るしかないかな」

 葉月は皆を仰ぎ見ながらも、佩刀はいとう鯉口こいくちに手をやった。同意が得られなければ切り捨て御免、との意思表示である。好戦的だった片桐姉弟やアリスまでもがその意味を理解し、戦意を喪失しつつあった。

「私は、構いません。こんな戦い、一刻も早く抜け出し……」

 そうしぐれが言いかけた時。


「先ほどから黙って聞いておればこの様か。つまらぬ、実につまらぬ。我をかせた罰だ、女よ、まずはお前からだ」

「葉月、避けろ!」

 ベリアルが叫ぶが、もう遅い。

 黒い影が、音もなくはしる。刀を抜くが早いが影へと斬りつけた葉月に、驚愕の表情が滲んだ。

 彼女の右腕は愛用の竹刀をしっかりと握ったまま、宙へと舞い上がったかと思うと、次の瞬間にはどさりと地に落ちていた。

右肩から間欠泉のように迸る鮮血。しぐれが高い悲鳴をあげた。

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