十一節 「錯綜」

Ep.11‐1 思いの行方

                

 わたしの姉は、厳しい人だった。

 自分にも他人にも厳しい人。

 わたしは姉を尊敬しつつも、いつも怖れていた。今抱えているわたしの問題を姉に話したら、わたしはどうなるのだろう。捨てられてしまうんじゃないかとさえ思うことがある。姉は力のない人間が嫌いだ。姉にとって「弱い」とは人に頼らざるを得ない人間のことを指すのではなく、

 ああ、でも。こんなこと、誰に話せばいいのだろう?

 わたしは暗い部屋の中、毛布で体を包んですべてを忘れようとした。でも出来ない。度々メールで送られてくるを見るだけで、もうわたしには逃げ場などないことを強く認識させられる。

 ああ、本当に、どうしたらいいんだろう。

 彼に報せようか、とも思ったが、すぐにそんな考えは消去した。彼だけには――彼だけには隠さなくてはならない。わたしが犯した過ちを。もう少しの辛抱だ。きっともう少しで、わたしは解放される――――。


       ◆             


「あれれ~~、なんか一番強そうな女の子、腕もげちゃったしやられちゃいそうだよ? ヤバイね、あれはマズいね。今公園に新しく来た悪魔、あの魔力からして智天使ケルビム熾天使セラフィムだ。最高位の悪魔に目を付けられるなんて、流石にちょっと同情しちゃう~~」

と呑気に言っているのは、髪を腰まで伸ばし、アクセサリをごたごた付けた十五、六ほどの少女。いや、よく見ると彼女の側頭部からは小さな角が生えており、スカートでうまく隠しているもののお尻には可愛い尻尾が生えていた。そう、彼女は悪魔なのだった。といっても邪悪な雰囲気はなく、むしろ可愛らしい小悪魔系といった出で立ちである。

「水鏡に映っている人間は何人だ、ルサールカ」

 傍らの少年、すなわち彼女の契約者は尋ねる。

「えっと、ひい、ふう、みい……六人だね。あ、ちょっと待った、今七人に増えた。冴えないおっさんが一匹増えた」

「正確に言え」

「はいはい。てか、キミ戦いになんて全く興味ないとか言いながらこうやってこっそり覗き見するのはオッケーなワケ? まああたしの能力を使ういい機会だったからってのもあるか」

 ルサールカの悪魔の能力は水鏡遠視すいきょうえんし。水に映ったものを、遠隔地から見る能力である。彼女は自身の視覚を桜杜自然公園中央広場にある噴水へと繋げ、そしてそれを映像として手元の鏡に映しだしていた。鏡の中ではいままさに、謎の闖入者ちんにゅうしゃに如月葉月が片腕をもがれたところだった。

「別に。身の安全のためだ。動向を探るに越したことはないからな。なんか変化はあるか」

「うーんとね、今女の子が左腕だけで戦ってる。すごい気迫。アニメの覚醒シーンみたい。まあすぐ死ぬだろうけど、キャハ!」

 彼女は楽しそうに言った。

「やはり罠だったか。行かなくて正解だっただろ、俺とお前だったら即死んでるからな」

 彼はそう言って深く溜息をついた。


 人馬宮サジタリアスが契約した悪魔は、まごうことなき小悪魔コギャルだった。そうとしか思えなかった。いきなり目の前に現れて契約を迫ったかと思えば、当然のように「あたしはオンナノコだから」という理由で彼に彼女用の服飾品の購入を迫り、着飾ってはそれらを見せびらかしてくる。本当に悪魔なのかこいつは、と思ったのは一度や二度ではない。彼女は本当の少女よりも、より少女らしかったのだから。

 位階の低さのせいなのかもな、と人馬宮は思った。ルサールカの位階は天使エンジェルズ。悪魔の位階の中では最低位だ。それだけ神性、もとい悪魔性が低いということなのだろう。

 現に彼女は自分が戦う気など毛頭なく、こうして他の悪魔憑きたちの戦いを楽しそうに観戦しているだけだ。まるで他人事のように。といっても契約者である彼の方にも戦闘に勝つ気はなく、世界が滅亡するとかなんとか聞かされても「はあ」としか思えなかった。基本的に彼は人に無関心なのだ。

「ルカちゃんお腹すいた~~。ねえねえ、なんか食べ物買ってきてよ。コンビニのプリンでもいいからさ。この能力すごい神経使うんだよね。いくら水の精霊だからってさ、こんな地味な能力じゃなくて、もっとドカーン、とかババーンみたいな、そんな感じの派手な能力が良かったわ」

 人馬宮は呆れながら彼女を見る。

「悪魔がいくら優れた能力を持っていても、他の契約者を直接的に攻撃することは出来ないんだろ。別にその能力でいいと思うけどな」

「例外はあるけどね。人間と半融合する形で契約する概念悪魔とか、後は反則技に近いけど人間に憑依するとか」

「俺はお前だけには憑依されたくないな、馬鹿が移りそうだ」

「あ~~ひどっ! 折角能力使って手助けしてあげてるのに!」

「わかったわかった。でも最初に言った通り、俺は戦わないからな。戦いになんて興味がないし、神の座や下らない願い事にはもっと興味がない。大体、そんなものが信じられるか?」

 一瞬、饒舌だったルサールカの言葉が止まった。そして、

「……まあ、いずれ否応にでも戦うことになるよ。あたしには解る。だって、そういうものを必要としていなければ悪魔は見えないんだから。戦う運命だからこそ、君はあたしに選ばれたんだから」

「ふうん、そんなものなのか」

 人馬宮はこともなげにそう呟いた。

 これから待ち受ける運命を、彼はこの時はまだ全く予想だにしていなかった。


            

 

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