Ep.36-2 終わりの始まり(後編)
連城は暫し、僕のした質問の意図を思案しているようだった。麻里亜ではなく法条の話題から振った僕のことを怪訝に思ったのかもしれない。
「なるほど……そう来たか。もっともな質問だ。僕が君たちに手を貸すのは、もっと早くても良かったのではないか、と、そういうわけだね」
巧いこと要約されてしまったが、そういうことだ。
何故、これまで連城は僕たちに接触しなかったのか?
連城は俯き、それから顔を上げ、僕たちにこう問うた。
「君たちは、自分が誰かの操り人形なのではないかと思ったことがないかな? 自分が、誰かが紡いでいる大きな物語の登場人物に過ぎない、といったような、疑念をほんの少しでも持ったことが?」
「……あるには、ありますね」むしろそういった疑念は、何処にでもありふれた陳腐な命題であるように思われるのだが。
「あたしはないわね。考えても仕方のないことだもの」葉月はあっさりと答えた。
……まあ、人に依るか。僕は連城へと向き直り、続きを促した。
「それで、その話がどう関係するのですか?」
「まさにそこさ。……関係。良い言葉だ。誤解を恐れずに行ってしまえばね、僕は初め、君たちとあまり関係を持ちたくはなかったのだよ。本当に最後の最後の土壇場まで、静観を決め込むつもりだったのさ。探偵とは、そういうものだからね」
話が見えてこない。煙に巻かれているわけではなさそうだが、言わんとするところが見えてこなかった。
「法条の裏切りやしぐれの暴走も……僕たちの同盟に亀裂が入ることも、想定済みだったと?」
連城は肩をすくめ、
「まさか。その理由については僕自身が預かり知るところではないよ。先ほどの問いかけとも繋がるけれどね、僕はできるだけ物事を外側から観たかったのさ。当事者と関わり合いになってしまえば、否が応でも内側から見ることを余儀なくされる。状況を俯瞰して観るには、それは何よりも必要なことだった」
「だからこれまで、どの陣営にも与しなかったと?」僕は尋ねる。
「言ってしまえば、そう言うことになるね」連城は答える。
……膠着状態だった。僕は未だに、この男の真意を掴みかねていた。
「まだ、何か不満があるのか、君は?」
これまで口を噤んでいた鷺宮が僕の方を向き、そう問いかけた。
「そちらも、戦力の差が分からないわけではないだろう。真っ向から克ち合えば、明らかに被害が出るのは明白だ。……同盟の条件からしても、破格だと思うが」
「紗希さん、そういう言い方は良くないですよ。如月さんたちだって、これまで辛い思いをしてきているはずです。僕たちが争っていても何も始まりませんよ」
天城はそう助け舟を出してくれたが、僕と連城は相変わらず向かい合い続けていた。何としてでも、ほんの少しでも、この男の牙城を突き崩せないものだろうか。
「先ほどの話題とも繋がりますが、連城さん、あなたはこのサバイバルゲームの行方について、どこまで推測を立てているんですか?」
わずかに、連城が眉を顰めたのが分かった。
「……まあ、君たちも半ば予想していることだろうけども、このゲームの条件は初めからかなり歪なものだよね」
誰に問いかけるまでもなく、連城は続ける。
「願いの成就に権能という特殊能力の付与。それらを餌に契約者を集めるにしては、如何せん内容が漠然とし過ぎている。「次代の神を選定する」という目的も、ある種の建前に過ぎないのかもしれないね……。彼女にとっては」
「……八代みかげ」
僕は呟いた。
「ああ。そうだ。きっとまだ何か、彼女は僕たちに隠していることがあるのだろうね。偉く抽象的だが、僕たちには到底考え及ばないような、この世界の根幹にある問題なのかもしれない。それこそ、彼女自身の出自に関わるような」
「でも、あの神殿で見た神様は、もう瀕死だったでしょう。あれが嘘や演技とは思えないわ」
葉月が口を挟んだ。
「……そうだろうね。あと数日後には彼女の命は尽き、残りの誰かが彼女の地位を引き継ぐこととなる。だが、何らかの手段で延命措置が可能だとしたら? 僕としては疑問が尽きないのだよ。彼女の真意が掴めないまま、終わりを迎えても良いのだろうか、とね」
連城は間を置いてから、
「僕はどうしても、最後にもう一度、みかげと話をしてみたいのだよ」
きっと誰もが心の奥底に懸念を抱え、明日に思いを馳せていたのだと思う。僕は未だに、覚悟が定まらないままだった。明日の夜、今から二十四時間後には、僕たちは戦場にいる。恐らくはこのゲームの決着の場となるであろう、最後の戦場に。
その後も何度かゲームに関し思うところを各々が述べたが、核心に触れるような意見はなかった。当然だった。確たる答えを得られるだけの手がかりが、圧倒的に不足していた。……僕が。万が一僕が、連城たちに知っていることを話せば彼が真相と思しきものに辿り着きそうな気配はあったが、僕はそうしなかった。切り札は、最後の最後まで隠すべきものだ。
「……最後に、状況を再確認しておこう。残る悪魔憑きは五人。宝瓶宮と金牛宮、それからここにいる僕たち三人だ」
連城は言う。
「市民ホールは広い。待ち受けている彼女らが何処に罠を張り、どのような手段で僕たちを待ち構えているか、正直この僕でも予測しがたい。だからここで一番避けるべきは、全滅だ」
僕たちはなるべく、静寂を保っていた。
「誰かが生き残ろう。生き残って彼女に問いただしてやろうじゃないか。君は何故、どうして神になったのか、とね」
連城は笑みを浮かべ、僕たちを見回した。彼の言葉には先ほどまでの軽さはなく、命と決断の重さだけが、ずしりとした重量感を伴って僕の胸につかえていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます