二節 「探偵」

Ep.2‐1 探偵の此岸

 放課後、結花と一緒に帰路に就く。当然、話題は霧崎道流と生徒会のことになった。

「生徒会加入の話、本当に断ってよかったの?」

「うん。私は今の私で十分だから」

「霧崎先輩ね、いつもは明るく気丈に振る舞っているように見えるけど、本当は可愛そうな人なの。中学卒業の直前に、強盗に両親とお姉さんを殺されて……」

 麻里亜にとってその話は初耳だった。事故で家族を失った麻里亜と、強盗に家族を殺された道流。同じような不幸な境遇きょうぐうだったからこそ、道流は麻里亜を生徒会に入れたかったのかもしれなかった。だったら悪いことをしてしまったのかもしれない。

 あれこれと思い悩む麻里亜の顔を見て結花は自分の失態に気付いたのか、慌てて話す。

「ご、ごめんね。こんなこと麻里亜ちゃんの前で言うことじゃなかったよね。本当にごめん」

「大丈夫だよ、気遣ってくれてありがとう」

 道流と自分の境遇を照らし合わせることよりも、今は結花の心遣いが嬉しかった。

「あ、そうだ、連城れんじょうさんに本を返しに行かなくちゃいけなかった」

 麻里亜はそう言って、きびすを返した。

「またあの探偵さんのところに行くの? 大丈夫だよね、ヘンなことされたりしないよね?」

 結花は怪訝けげんそうに尋ねた。麻里亜のことを心底心配している様子だった。

「大丈夫だよ、あの人とは古馴染ふるなじみだから。結花ちゃんこそ気を付けてね、最近危ない人多いから。もう前みたく夜遅くまで出歩くのはダメだからね」

「うん、大丈夫」 

 去っていく麻里亜の背中に向けて、彼女に聞こえないように結花は呟いた。

「もうそんなこと言ったって、遅いよ」

 夕闇が街を覆い始めるころ。少女は一人何処へとなく歩き始めた。


       ◇


 探偵とは、恐らく現実リアル虚構フィクションで最も活動が乖離している職業である。


 現実……主な仕事は良くて浮気調査、悪くて迷子の子猫探し。薄給で地味な活動内容。人様の秘密を恥ずかしげもなく盗み見、コソコソと依頼主に報告する浅ましい職業。頭脳労働というより寧ろ肉体労働、それもとびっきり地味なやつ。派手さの欠片もない。


 虚構……超人としか思えない思考回路と論理力を以て事件を容易く解決。その手腕すいりの前では警察も無力同然。圧倒的な推理力により犯罪を派手に、華麗に一刀両断する知的ヒーロー。世捨て人であり、自由気ままな暮らしを謳歌する上流階級民。


 自称現代を生きる探偵、連城恭助れんじょうきょうすけがどちらに属するのかと言えば、それは限りなく前者に近い後者だった。主に脳内の理想だけが。

 麻里亜まりあがその奇天烈な探偵と知り合ったのは、まだ両親や兄が生きていた五年程前、彼女が巻き込まれた事件に彼が偶然居合わせたことによる。

 連城恭助の第一印象は、何処にでもいる優しいおじさん、といった感じだった。というか、そのものだった。しかし快刀乱麻を断つ如く事件を解決した後、彼は恐ろしいほどに冷徹れいてつだった。開口一番に犯人への容赦ない精神攻撃を開始し、トリックの粗をあげつらったかと思えば、挙句の果てには「どうせ犯罪を起こすのならもっと巧緻こうちに富んだ事件にしたまえ」などと犯人に説教する始末。外れた頭の螺子ねじは二、三本では利かないだろう。

 しかし麻里亜にとって、彼は誰よりも頼れる相談相手であり、ミステリー小説の同好の士でもあった。彼は郊外の雑居ビルの一角に「連城探偵事務所」なる私設興信所を開いており、前述した「現実の探偵」の仕事をして糊口ここうしのいでいる。

 麻里亜が連城の許に足繁く通う理由は大きく二つあった。一つは事務所にある大量のミステリー小説を借りるため。今では絶版となった名作「紅蓮城ぐれんじょうの恐怖」を埃の降り積もった書棚の奥に見つけた時など、心臓が飛び上がるかと思った。麻里亜にとって連城探偵事務所は希少本専門の図書館なのだ。そして、もう一つは――。

 事務所の前の扉で立ち往生しているその人影を見止めると、彼女は大急ぎ階段を駆け上がった。探偵連城恭助の助手、天城真琴あまぎまことがそこにいた。

「真琴さん、今日は早いですね」

 背中から声を掛けられ、その人物はおもむろに振り向いた。

「やあマリちゃん、久しぶりだね」

「一体どうしたんですか、こんなところで立ち止まっちゃって」

「鍵が閉まっているのさ。おかしいな、先生いつもはドアを三回続けてノックすれば開けてくれるのに……。ああ、僕は駄目だな。なんでこんな日に限って鍵を忘れてしまったのだろう。あ、今の、『限って』と『鍵』を掛けたわけじゃないよ?」

「……今はどうやって扉を開けるかを考えましょう」

 麻里亜は内心呆れながらも、どこか憎めないこの青年といると心が安らぐのを感じていた。

「連城さんの性格からして、どこかに合鍵を用意しているはずです。例えばほら、そこの植木鉢の下なんかどうですか?」

「流石にそれはベタ過ぎないかい?」

 そう言って植木鉢を持ち上げ、横にずらす真琴。厚く降り積もった埃がふわふわと中空を舞った。そして、真琴はがっくりと項垂れた。

「ありませんでしたか」

「いや、あったよ」

 麻里亜も項垂れる。

 ……どうやら連城探偵には、防犯意識というものが欠如しているらしかった。


 ゆっくりと扉を開けて、二人は連城の事務所へと入った。誰もいないことを不信がりながら一番奥の応接間へと踏み入った二人を待ち構えていたのは、三方を黒いカーテンによって仕切られた三本足のテーブルの上に、普段そこに置かれている水晶玉の代わりのように鎮座ちんざしている……連城恭助の「首」だった。テーブルの上の彼の首の傍らには事務所の鍵が無造作に置かれている。彼の物言わぬ首はうっすらと微笑を浮かべているように麻里亜には見えた。


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