Ep.2‐2 血濡れの探偵事務所


 。テーブルから少し離れた奥には赤いペンキを床一面にぶちまけたかのように真っ赤に染まった床。麻里亜は短い悲鳴をあげ、失神しないよう何とか意識を保った。

「なんてことだ……先生が殺されるなんて……」

 絶句する真琴。麻里亜は恐る恐る連城の首が載っているテーブルを眺めた。

 。連城恭助の首は胴体と泣き別れ、何か言いたそうな顔のままで瞑目めいもくしているように麻里亜には見えた。

「真琴さん、あれ……」

 麻里亜は応接室の奥の壁に立て掛けてある、赤く染まった斧を指差した。

「間違いない。先生は事務所に押し入った何者かに首を斬られ、殺されてしまった」

 真琴は憔悴しょうすいしきった顔でがっくりと膝を折った。

「……紗希さきさんに連絡しましょう。あの人なら事後の処理も何とかしてくれるはずです」

「ああ、頼んだマリちゃん」

 事務所の棚に鎮座する、時代錯誤の黒時計のダイヤルを麻里亜は急いで回す。

「なんだ、こっちは忙しい。電話なんぞかけてくれるな、連城。切るぞ」

「紗希さん、大変です! 連城さんが、連城さんが……」

「麻里亜ちゃんか、解かった、落ち着いて話せ」

 麻里亜は事の次第を詳細に伝えた。

「なるほど……分かったすぐに行く」

 落ち着きはらった声で彼女は応えた。

「ああ、そうだ麻里亜ちゃん。ときに君は『お金が消える貯金箱』という代物を知っているかな」

「へっ? 何ですかそれ。貯金箱からお金が消えちゃったら貯金箱の意味がないじゃないですか」

「そっか、知らないか。まあいい。兎に角一刻も早く向かうよ。私が着くまでに天城と犯人の目星でもつけておいてくれ。後、熱湯を用意しておいてくれ。熱ければ熱いほどいい」

 そう早口で言って紗希は電話を切った。

「今の会話、どういう意味があったのかな……」

 麻里亜は不可解な状況に深く嘆息した。昨日の悪魔のことといい、段々と神経が麻痺まひしているような気がしていた。


「真琴さん、今は私たちだけで出来ることをしましょう。犯行がどうやって行われたのか少し整理してみませんか」

「ああ……それに賛成だ」

 麻里亜は深呼吸してから言った。

「まず、犯人は植木鉢の下に在った合鍵の存在を知っていたのだと思います。事務所の鍵は私たちが見つけた合鍵を除外すれば二つ。一つは今机の上にあり、もう一つは真琴さんが忘れた鍵です。したがって、犯人が使えた鍵は合鍵だけなのです。日中事務所に入った時に連城さんの鍵を盗んだ可能性も完全には否定できませんが、連城さんもそこまで無警戒ではないでしょう」

ぼんやりと麻里亜の推理を聞いていた真琴は、はっと気付いたように顔を上げた。

「いや、それはおかしい。犯人が合鍵を使った筈はない」

「えっ、どうしてですか」

「僕が鍵を取った時のことを覚えているかい? 植木鉢の周りには埃が厚く積もっていた。もし犯人が合鍵を取るために植木鉢を動かしたなら、何か周りの埃に形跡が残るはずだ。でもマリちゃん、周りの埃にはそんな跡はなかった。もう何日も降り積もったままの埃だった」

「それじゃあまさか、この現場は密室だったということですか」

「そういうことだ」


 二人とも押し黙って、推理すればするだけ深まる謎に途方に暮れ、ただただ立ち尽くしていた。おもむろに真琴が口を開いた。

「窓から入って窓から逃げたというのは」

「ここビルの七階ですよ。それに窓は大人だと頭を潜らせるので精一杯です」

「現場は完全な密室。じゃあひょっとして自殺……というのは無いだろうな、この人に限っては」

「そうですね、それに自分の首を切り落としてテーブルの上に載せるというのは人一人では無理難題です」

「参ったな……本当に不可能犯罪じゃないか」


 

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