Ep.2‐3 馬鹿と探偵は紙一重

 そうこうしている内に紗希が現れた。

「どうだ、謎は解けたか二人とも。解けているなら何か奢ってやってもいい」

 紗希は挑戦的に言った。

「紗希さん、今はふざけている場合ではないです。人が一人死んだのですよ!」

 真琴は紗希を強く叱責しっせきする。

「へえ、誰が死んだって? 考えてもみろ。こいつが簡単に死ぬタマか? むしろ死んだ人間を他所に安全圏から推理ごっこに興じていることだろうよ」

 麻里亜が用意しておいた熱湯の入った薬缶やかんを引っ掴むと、紗希はそれをテーブルの上の連城の首へと遠くから浴びせ掛けた。

「若しくはこういう風に、推理ごっこに興じる知人たちを死んだフリしながら見物しているとかね!」

「ああああああああああ! 熱い、熱い!」

 暫し、麻里亜と真琴は呆然ぼうぜんとしていた。連城恭助は机から首を生やしたまま、浴びせ掛けられた熱湯の熱さに苦悶くもんしていた。

「……一体、どういうことなのです? どうして連城さんは生きているのですか?」

 麻里亜が呟いた。

「知れたこと。君たちはこの似非探偵の茶番に付き合わされたのさ」

「茶番? まさかこれが全部先生の自作自演だったということですか?」と真琴。

「ああ。『スフィンクス』というマジックを知らないか? 首切りマジックの古典的名作だ」

 そう言って紗希は連城の首が載ったテーブルにずかずかと近付く。

「説明するより実際に見た方が早い。いいか、テーブルの下をよく見ておけ」

「テーブルの下……何もないですよ」

 麻里亜には後ろの黒いカーテンだけが見えた。紗希はおもむろにテーブルの三方を囲んでいるカーテンのうち、左右を取り払った。瞬間、テーブルの下には事務所の土気色の壁が。麻里亜ははっと気づいた。

「これって……鏡ですか?」

「そう、子供騙しのちゃちなトリックだ。君たちはテーブルの脚の隙間に張られた鏡によって、のさ。スフィンクスは生首が喋るマジックだが、まあ原理は同じだよ。お金が消える貯金箱も同じさ、鏡を使って、「ある」ものを「なく」見せているだけのこと」

 紗希は呆れるように言った。

「君たち……僕を無視していないで早く救出してくれたまえ。首が引っ掛かって抜けないのだ」

「自業自得だ、馬鹿」

 吐き捨てるように紗希が言った。

「ええ、そうですね」

 麻里亜も言った。

「身体を張ってトリックの効用を検証するとは流石です先生!」

 ただ一人、連城の助手である真琴だけが連城の言動をほめたたえていた。

「うむ、最近奇術にもり始めていてね。是非君たちの驚く顔が見たかったのだ。いやあ、ちょっとした余興のつもりだったのだが、天城君が偶然鍵を忘れてくれたおかげで現場が密室となり、そこからの推理合戦はなかなかに楽しませてもらったよ」

「えっ? それじゃあ合鍵の存在はどうなるのでしょうか?」

 麻里亜の真剣な疑問に返ってきたのは拍子抜け過ぎる答えだった。

「合鍵? 君たち合鍵の所在を知っているのか? ならば是非教えてくれ。引っ越し当初からずっと失くしたままで都合が悪いのだ」

 麻里亜と天城は、今度こそ二の句が告げなかった。

「全く、こいつは学生の頃からやっていることが少しも進歩していない。毎度毎度突拍子もないことをし始めて周囲を混沌の中に叩き込んでばかりだ。おい連城、定職に就かずにもう何年になる? そろそろ身を固めたらどうだ」

「君に言われたくはないな、鷺宮さぎみや。同窓の好みで忠告だ。仕事一辺倒では男も寄り付かんぞ」

 連城はいつの間にか天城の助けを借りテーブルの下から這い出て、紗希に反撃を試みる程度には復活していた。

「黙れ、社会不適合者。おい天城、麻里亜ちゃん。君ら、学生の頃からこんな変人と関わっていたら将来に支障をきたすぞ」

「大丈夫です、連城さんは面白い人だけど、こんな風になりたいとは微塵みじんも思いませんから」

 麻里亜は意地悪そうに言った。

「麻里亜くん、そんな」

 しおらしくなる連城。

「心配しないで下さい、連城先生。僕が付いています。いつでもどこでも最新の医学で先生をお助けしますよ」

 天城真琴は優秀な医大生だが、何を踏み間違えたか連城に出会い心酔してしまった哀れな被害者の一人である。彼曰く、先生はいつでも僕の中の固定観念を覆してくれ、新たな価値に気付かせてくれる、らしい。そして連城の助手ワトソンを名乗るまでになってしまった。

「天城くん……僕の価値を正しく理解してくれるのはいつだって君だ」

 固く絆を誓い合う二人。そっと距離を取る二人。

「さあ、今日はもう遅い。紅茶を飲んだら帰りたまえ。僕はこれからマジックの跡片付けをしなければならないし、迫りくる新たな事件への爪を研ぐため専念したいのでね」

 テーブル上にティーセットを準備し、連城は紅茶を仕立て始めた。がさつに見えて彼の入れる紅茶は存外に美味なのだ。

「そういえば麻里亜くん、借りていった本はどうだったかね」

 連城は麻里亜に尋ねた。彼女は本棚に借りた本を戻しながら答える。

「正直言って微妙でした。二人の探偵の片割れが犯人というのは目星がついていたのですけど、トリックの関係で時系列がごちゃごちゃで読みにくかったです」

「全く以て同意見だね。大体近頃のミステリーはいけない。登場人物が無駄に多かったりプロットが複雑に入り組んでいたりと装飾過多だ。もっと古典本格クイーンのように論理の道筋がはっきりした作品を読みたいのだがね。作者が読者に仕掛けるトリックなぞ三流だ」

「ミステリーか、私は殆ど嗜まないが、昔弟のやつが凝っていたな」

 紗希が言った。

「弟さん、上京したのでしたっけ。元気にしているといいですね」

 彼女の弟と真琴は同級生だった。

「ふん、私からすれば厄介ごとが一つ減って良いのだが。さて、私はそろそろお暇しよう」

 席を立ちかけて、紗希は今思い出したように言った。

「そうだ、解かっていると思うが深夜に外は一人で出歩くなよ。特に麻里亜ちゃんだ。頭のおかしい殺人鬼がうろついているからな。いいか、本職けいさつからの忠告だ、しっかり気に留めておけ。ああ、連城は別に一人で歩いてもいい」

「今日はいつにもまして風当たりが強すぎないかい鷺宮」

 紗希は苦笑して去っていった。


 

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