第二章 「如月葉月、その行動原理」

八節 「開幕」

Ep.8‐1 ウォーゲーム・ゾディアック(前編)

 カチ、カチ、カチ、カチ。

 暗い部屋に木霊こだまするのは時を刻む二つの針。

 カチ、カチ、カチ、カチ……。

 私は時計の音が嫌いだ。過ぎ去った時間のことを考えると、どうしようもなく侘しくなるから。これからやってくる時間のことを考えると、どうしようもなく虚しくなるから。

 カチ、カチ、カチ、カチ……。

 私の名前は、朱鷺山ときやましぐれ。時を二つ、名前に持つ。朱鷺はトキ、しぐれは漢字で書くと雨。因果なものだ。自分が嫌いな概念が二つも名前に入ってる。


 数日前から、頭に謎の声が響くようになった。たとえば数学のテスト中。私は数学は大の苦手だけれど、頭の中に解の筋道がはっきりと浮かぶのだ。勘や運ではなく、完全な回答がまるで初めから知っていたかのように、一度書いたことがあるような滑らかさですらすらと書ける。私は数学のテストで初めて満点を取ってしまった。それどころか、誰も思いつかなかった優秀者の解答として張り出されてしまった。

 謎の声は万能だった。どんなに難しい数式でも、どんなに複雑なパズルでも、どんなに解明者が少ない古代文字でも、今の私は解ける、読める。まるで初めから全てが理解わかっていたかのように。


 どうやら私は悪魔と契約してしまったらしい。いや、私の側に選択権は無かった。私からすれば悪い霊に憑かれたようなものだ。

 その悪魔、いや脳内に響く謎の声は「ラプラスの悪魔」と一度だけ名乗った。そして、私はこの悪夢が紛れもない現実であることをまざまざと見せつけられることになったのだった。


 七月二十八日、午後十一時二十七分――――それはやってきた。


 突然、目の前の光景が消えた。そして私は、何か巨大な時計の円盤の上に着の身着のままでへたり込んでいた。

 大きな時計のモニュメント……針は一切ない。その真ん中に玉座らしきものがあり、そこには一人の黒衣の少女が佇んでいた。

「やあ、君で最後かな? ようこそ、我が『星の宮殿パンデモニウム』へ。歓迎するよ」

 見渡すと、周りに幾人かの男女がいた。首から下はうっすらと見えるものの、顔だけが靄が掛かったように視認できない。皆、時計盤上のローマ数字の形をした椅子に座っていた。慌てて自分の番号を確認する。私の番号は……Ⅰ。右隣のⅫに座っていたのは気さくそうなおじさんだった。軽く会釈し、私はⅠの椅子に座った。意外と座り心地は悪くない。


「さて、全員揃ったことだし始めようか。突然のことに戸惑っている人もいるだろうけど安心して。ボクはみかげ。八代やつしろみかげ。平たく言うなら、僕は君たちがこれから参加することになるゲームの主催者、監督役だよ」

 八代みかげ。その名前に私はデジャヴを覚えたが、何かの勘違いだったのか、その感覚はあっと言う間に消えてしまった。

「ゲームとはなんのことだ? いやそんなことはいい。早く私をオフィスへ戻せ。まだ仕事が山ほど残っているというのに」

 私の二つとなり、Ⅲの席に座っていた男が言った。身なりはよく、羽振りの良さそうな感じだった。

「焦らない焦らない。まだ話は始まってもないよ。まあね、突然だけど、大雑把おおざっぱなルール説明ね。簡単に言うと君たちにはこれから約一か月の間殺し合ってもらう。どんな手段を使ってもいい。君たちの中から最後まで生き残った一人を、次の神とする。あ、今の神はボクね?」

 暫し、沈黙。各々が目の前の少女が言った言葉の意味を思案しているようだった。最初に反応したのは先ほどの男だった。

「な、ふざけるな、殺し合いだと? そんなことは悪魔から一言も聞いてない。私はただ、契約すれば神にしてやると聞かされて――」

 私は神も悪魔も聞いてない。いや、悪魔は――。

 少女は続けて語った。

「恐ろしいかい? まあ安心して。生きてる限り人間なんていつか死ぬから。永久にも近い時を生きるボクからすれば長いも短いもたった数十年の違い。皆等しくゴミほどの価値しかないからね」

 少女は悪びれることなくそう言った。

「な……貴様……ふざけるなよ、私は絶対に参加しない……今すぐ降ろさせてもらう……」

 少女は男を無視し、そして淡々とルールの説明を始めた。十二人の人間が十二体の悪魔とそれぞれ契約することでゲームは始まるということ。ゲームに参加すると参加賞としてどんな願いでも叶えられる権利が与えられること。ただし万能ではない。途中棄権はなし。悪魔の能力と自らの権能、このふたつを以て相手を打倒するのが基本条件。脱落の条件は死か魔導書グリモアの破壊。期限は七月二十九日午前零時から数えて666時間――。

 悪夢でも見ているかのようだ。目の前で判決文でも読みきかされているかのようだ。私はこれから、こんなゲームに身を投じなくてはならないのか――――。

「ふむ、666……悪魔の数字ネロか。流石、よく意匠を凝らしてある」

 私の右隣のおじさんが感心したように言った。

「666時間というと……どの位かしら?」

 Ⅷの席に座っている女の人が言った。フェロモンというか、どことなく色香を感じる。

「27日と18時間」

 おじさんの左隣、Ⅺの席の少年が即答した。年は私と同じくらいだろうか。どことなく人を馬鹿にしたような口調が私は好きになれなかった。

「あら、ありがとう坊や」

 Ⅺの少年はⅧの女の人の視線から逃れるように、神と名乗る少女へ身体を向けた。

「それより質問がある、神様とやら」


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