Epilogue-Ⅲ Crimson Cradle.  



 霧崎道流は六人もの少女を殺害した少女連続誘拐殺人事件の犯人であり、俗に言う殺人鬼である。その残虐さと鮮やかな犯行に多少の運や一般人は預かり知らぬ不条理も絡み、逮捕は著しく遅れることとなった。


 幸い、七人目の解体にとりかかろうとしていたところで予想外のトラブルに見舞われ、彼女の悪運は尽き、無辜の市民の生活を二か月あまりも脅かした連続殺人鬼は遂にお縄になることとなった。


 無垢な少女の身体を切り拓き遺体を弄ぶには飽き足らず、道流は自宅の地下室に遺体の一部を保管していた。あっさりと、なんの悪びれる様子もなしに、七人目の被害者となる予定だった少女の親類の刑事へと、殺人鬼は白状した。

 

 あまりもの惨状を目にした捜査一課の生え抜き刑事たちの中には、辞職を願い出る者が少なからずいたという。


。男に惨めにかしずくだけの運命を変えたかった」


 逮捕時の道流の発言は、SNSを中心に個人的な言論活動を行うフェミニストや、変化のない日常に飽きている暇人、女性の純潔を過度に信奉する男性たちの目に留まり、連日お祭り騒ぎとなった。 


 道流の素性が次々と晒され、地元で有名な私立の女子校に通っていたこと、重度の男嫌いで同性愛者、異性と交際経験はないこと(同性とは何度かある)、道流が国の雇われ殺人鬼であるという説、昔男からレイプされ処女を散らされた結果このような筆舌に尽くしがたい動機を持った、K女学院ではファン・クラブがあり道流と秘密の関係を持った生徒が幾人もいる、七人目に殺されるはずだった少女は道流の属す生徒会の書記だった、などなど……尾鰭のついた噂が次々と流布した。その中のいくつかは事実の一端を掠っていたにしろ、一体何処からそんな噂をかぎつけてくるのか、道流自身も不思議だった。何が真実で何が虚構なのか、道流自身にもわからなくなってきている。


 いくらでも受け手に都合よく解釈可能な事件は結果としてマスコミの格好の餌食となり、刺激に飢えた大衆の不謹慎な関心を集めた。


 道流の剣道の全国大会でのスピーチ映像がばら撒かれるのと同時期に、道流自身もまた、両親と姉を強盗に殺害されたセンセーショナルな過去が掘り返されると、霧崎道流の人気は瞬く間に頂点に達し、界隈の話題を一挙に浚った。



「昨今のLGBT問題や男性優位社会、女性の性的消費への警鐘となる事件だと思う」


「レズでハーフでSJなエリート女子高生殺人鬼とか属性盛りすぎだろアニメ化希望」


「六人も殺してんのに神格化とかないわ騒ぎ立てるバカも扇動するマスゴミもクズ」


「【凶報】通り魔JKさん(17)、無事ネットでキモいオタクに崇められてしまうww」


「切り裂きJK事件は処女厨からすれば当然なんだよって話 俺の中古彼女も殺して」


「頭とか容姿ってやっぱ重要って身に沁みた。ブスかつ低学歴で〇にたくなってる」


「それより解体バラされた被害者画像流出まだー? 正直そっちの方が観たいんだけど」


「もうこの国終わったな、どれだけ人殺しても見た目良ければ賞賛とか狂ってるわ」 



 猟奇的かつ残忍な手口、改悛の情がまるで見受けられないことから厳罰を下すべきとの判断もあったが、弁護側は家族を強盗に殺害された道流の陰惨な過去、学生生活での模範的な態度、下級生の面倒見の良さ、全国模試でもトップクラスの好成績等を引き合いに出し徹底して弁護を行った。弁護団には、女学院の力も及んでいるはずだ。そこには、伝統ある私立としての、幾ばくかの矜持があったのかもしれない。


 それがたとえ、道流が守りたがった一時の純潔のように、いずれ時が経てば風化し崩れ落ちる仮初の栄光に過ぎないのだとしても。


 どちらが被害者か、加害者か、およそ分かったものではない。


 模倣犯により数人が犠牲になったが、それは大して取り沙汰されることもなく、一方で各種SNSやまとめサイトでは二次創作やファンアートまでもが次々とつくられ、#ハッシュタグ「道流様バラバラにして」を用いてまるでアイドルか舞台俳優かのように道流をものまで続出する事態となった。擁護派にとってもそのような動きは予想外だったのか、更に話題は荒れた。今後十数年、道流に関するスレッドは過疎ることなく途切れることなく続くだろう。

 

 可愛そうな過去を掘り返し、あれこれと煩雑な症例から注釈をつけて道流を解釈しようとするカウンセラー、


 心的外傷だの発達の遅れだの紋切り型の文句を結び付け、道流の全てを知った風な口をきく三流大卒のコメンテーター、


 留置所に連日訪問しては、職員たちに執拗なまでの取材を申し込む、経歴詐称で一時期だけ話題になった美人女性ルポライター。


 すでに複数の出版社から手記を出さないかとの打診も来ている。


 


 世の中、滑稽過ぎて笑ってしまう。どいつもこいつも、浅ましいことこの上ない。これならまだ、サバンナのハイエナの方が上品に獲物を貪るだろう。


 何故に会ったこともない他人のためにここまで必死になるのか。さながら日本中が道流のにでもなりたがっているかのようだ。まあ仕方ない。何でもかんでも一言物申さずにはいられない人種は意外と多いものだから。


 都市伝説や陰謀論が流行るわけだ。話題に乗ることしか考えていない軽挙な馬鹿に与える餌として、これほど都合の良いモノはない。


 美少女ばかりを惨殺したから話題になるのか。

 それとも、道流自身が美少女と呼ばわるだけの魅力を持っているからなのか。


 道流はショーウィンドウに映る自分自身の姿を真正面から久方ぶりに眺め、はぁ、と短く溜息をついた。

 それは決してナルキッソス的な意味でなく、彼女なりの憂鬱の表現の仕方だった。


 殺人行為は道流にとって抗いがたい嗜癖だった。それはもはや、欠かすことのできない、食事や睡眠と等価の、いやそれ以上の価値を持って、道流の身体の中に在る。


 目深にかぶった帽子の隙間から人波を縫うように観察し、品定めする。


 街ゆく女の子のあげる嬌声に何度か反応しかけたが、獲物になるには足りない。些か以上に品性を欠いているし、化粧で塗り固めた見た目もあまりなかった。


 さて、どうしたものだろうか。人ごみに紛れながら、殺人鬼はひとり黙考する。

 

 綺麗な女の子を六人殺した。結果大きな話題となった。これが私なのだと思った。

 では逆に、容色の優れない、不細工な女の子をたくさん殺す、というのはどうか。


 芸がないな、それでは。大体同じようなことを二度繰り返すのは華がない。暫し悩んだ後、道流はそう結論付けた。

 

 幾人かに後を付けられている。

 屈強な警官のような者もいれば、骨と皮のようなやせ細った男もいる。

 

 目障りだ。八つ裂きにしてやろうか、と考えて即座に思考から欲望を切除する。


 汚らわしい男どもに引導を渡してやるなど想像するだけで身の毛がよだつ。


 

 蓼食う虫も好き好き、何も道流は容姿だけを、あるいは性格だけを標的選びに用いていたわけではない。中にはお世辞にも美しいとは言えない子や、気質に問題がある子もいた。だが、道流は彼女たちを愛した。心から愛した。だから、重要なのはもっとだ。その人が醸し出す、言語に置換できないような奥深い魅力だ。

 

 実質、道流は殺めた六人の誰もを初めから愛していたわけではなかった。最後に殺めた二人など、本命の巻き添えになし崩し的に殺害したようなものだ。

 それでも、最終的には全員を愛していた。道流の心は海よりも深い愛情で満たされていた。

 悲鳴を上げ続けてなお、血肉を滴らせてなお、家に帰りたいよと泣き叫んでなお、彼女たちは美しかったのだから。


 物言わぬ肉塊になってもなお……。


 自然と心が湧きたつ。

 

 道流は歩を早め、駅の方へ向かった。そろそろ外出時間も終わりだ。


 もっとわかりやすい、愚鈍な大衆どもにもわかりやすい「基準」を設定しないと……


 ふと、新しく整備された駅のロータリーを見回すと、十代半ばほどの男女がベンチで並んで肩を寄せ合い談笑していた。


 よく見ると双子だった。


「ねえ、君たち。ちょっといいかな」


 道流は後ろ手に取った鋭いヘアピンを握りしめ、身体の奥底で滾る欲望を気取られぬように、自然なにこやかな笑みを浮かべて、ゆっくり双児へと近づいていった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る