Ep.45-2 信じているから、信じればこそ
…………。
まず初めに取り掛かるべきは、皐月の蘇生だった。
私が認識していた如月皐月、その再現だった。
それはことのほか、うまくいった。蘇った彼はかつてのように思考し、話し、ときには慰めてくれもした。私自身が創った存在なのだと言われても、気が付かないほどに精巧で、精密に生前の如月皐月は再現されていた。
でも、ただ、それだけのことだった。
如月皐月という名前の、ただそれだけの人形。
「私」と一緒にバトルロイヤルを勝ち抜き、一時でも穏やかな暮らしを送った、あの皐月は
もう、何処にもいない。自ら毒を呷って、私を間接的に生かし、そして死んたのだ。
ほんの少しだけ迷ってから、私はその皐月を砕いた。七瀬あけびのときとは違って、脆いブロック塀のようにあっさりとその身体は崩れ去り、あとには乾いた砂のようなものが点々と残った。
他のもの……私が生前気に入っていたもの……を創って、側においても虚しさは募るだけだった。
結局は、文字通りのただの自慰行為。自分で作ったものに囲まれて、他ならぬ自分を癒そうとしている。自分で自分を騙そうとしている。私は幸せなのだと。私はまだ、やっていけるのだと。
……。
…………。
………………。
また、永い時が流れた。何百年か、何千年か。数えるのも億劫になって、ただ柔らかい砂の上に寝そべっているだけの私は、実質もう死んでいるのと大差はない。その行為とは言えない行為には何らの意味も希望も見いだせなかった。けれど私はそうし続けていた。何故か。
……………………。
何もない世界、生命が死に絶えた星を見ながらただ漫然と悠久のときを過ごすのにも飽きたので、漸く何かをしてみることにした。神はようやく重い腰を上げる。
といってもオリジナルのものを創るのは思いのほか大変だ。人は結局、いや、神となってさえ、「違うこと」をするのは疲れる。その気になればかつて存在した過去や未来の知識を紐解いて未知の科学技術や、無用の長物となって失われてしまったロストテクノロジー、または謎に包まれたオーパーツの一つや二つでも再現してみようかとも思ったのだけど、すぐにやめた。そんなことをして何になるというのだ。
結局、私は以前私が住んでいた街とは寸分変わらぬ「街」を私の意識の中で作り上げることにした。舗装された道路に細かいタイルを敷き詰めたり、自然公園に植林したり、本人にそうと気取られないように人間たちに偽りの記憶を植え付けて街へ配置したり。それらは思いのほか骨が折れる作業だったが、何らかの達成感を少し、今度こそは感ぜられた。ほんの遊び心で、朱鷺山家が昔に保有していた高層ビルも、町外れに作ってみた。これは目印だ。この街が以前とは、「違う」ことの。
町は今日も、動いている。何らの異変もなく退屈な毎日は続く。皐月も、そのなかにいた。私は出来心で、もう一人の私もその群衆の中に入れてみた。神になる前の「朱鷺山しぐれ」のパーソナリティーを再現し、神選びの記憶だけをまるごと消去した、私を。
程なくして私たちは出逢い、付き合うようになり、結婚し、二人の子供をもうけ、死んだ。
そんな幸福な数十年を眺めていた。
……こんなことってあるだろうか。
私は。私と言う人間は、いやもう人間ではないけれど、ここにいるのに。
もう触れられもしないし、普通の人間として生きることも出来ないけれど、
……ここに、いるのに。
こんなことってない。
これなら皐月が他の相手と寝ているところを見せつけられる方がまだましだ。
何もできない。何も「できない」をできるということだけしかできない。ただ、その場にいない空気のように、状況を俯瞰的に観ていることだけしかできない。
無色透明の苦痛。
何故、もう一人の私が、幸福な結末を迎えられたというのに、満たされないのだろうか。
どうして……
舞台が悪かったのだ。
そうなのだ、きっとそうなのだ……。
次はもっとうまくやる。
今度はもっと忠実に再現する。
私と彼が出逢い、信頼し合い、愛し合い、二人で死ぬ未来を、必ず再現して見せる。
完璧な幸福を、私が出来なかった、私が願っても得られなかったものを、もう一人の私には得てもらいたい。最後には笑って、終わってもらいたい。
……皐月。私の騎士。私の恋人。私の救い。
私は信じているから、どんなに遠くなっても、人間じゃなくなっても、また、二人で会えるって……
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