十九節 「遊戯」
Ep.19-1 アリス・イン・ワンダーゲーム Day.1(前編)
八月三日、午後十一時半。法条、葉月、僕は
「そろそろ来る頃だ」
法条がそう言うのと、天馬に跨った少女が病室の窓から躍り出るのは同時だった。
「お姉ちゃん、本当に来てくれたんだ」
少女ははにかみながら、スカートの端を掴んで僕たちに向かってちょこんとお辞儀をした。その後ろでは少女を守るように少年の悪魔が佇んでいる。
「アリスちゃん。私たちは君にお願い事があって今日ここに来たんだ」
法条が切り出す。
「へえ、なあに?」
「私たちと一緒に、悪い悪魔を倒してほしい。そのためには君の力が必要なんだ。どうだろう、受けてくれるかな」
「ふうん。あたしと友達になってくれるならいいよ」
「友達ね! いいよ、アリスちゃん! あたしたちと遊ぼうよ」
葉月は嬉しそうに言った。
「でもね、あたし弱い人たちはきらいよ。だから今日から三日間、あたしの遊びに付き合ってくれる? それで生き残れたら、あたしの友達にしてあげる。どうかしら?」
「遊び……? それは一体どんな遊びなんだい?」
僕は訊いてみた。
「楽しい楽しい遊びよ。内容はやってのお楽しみ」
僕はどうする、という風に二人を見た。どうやら二人とも答えはすでに決まっているようだった。
「受けよう。アリスちゃん、私たちは君と遊ぶよ。その代わり私たちがしっかりと生き残ったら、ちゃんと私たちの仲間になるという約束を守ってほしい」
「ええ。いいわよ。お願いだから簡単に死なないでね、お姉ちゃんたち」
なんだ、遊びというのは戦いのことなのか、文字通りの命のやりとりなのかと僕は問いただそうとしたが、法条と葉月は初めからこうなることを予期していたようだった。
「それじゃあ、ルールを説明するよ。今夜の遊びは「かくれんぼ」ね。鬼はあたし、加賀美アリス。全員があたしにタッチされるか、死んじゃったらお姉ちゃんたちの負けね。あたしは
静止を掛ける間もなく、アリスは淀みなくルール説明を続ける。本当に楽しそうだ。きっと以前からこうやって友達と遊んでみたかったのだろう。
「遊びの範囲はこのびょういんのしきち内。場所はびょういんの中でも、外でもいいよ。隠れる場所は何回でも変えていいよ。制限時間は三十分。あたしが三十数える間に、出来るだけ遠くへ逃げてね。そうでないと……丸焦げになっちゃうよ? それじゃあ行くよ? いーち、にーい、さーん……」
ちょっと待ってくれ、と言う間もなく、二人は全速力で逃げていった。僕も慌てて逃げ始める。
法条は走りながら言った。
「いいか、あの子は竜を召喚してくる。竜の息吹の範囲は広い。一か所に固まっていればあっと言う間に全滅だ。できるだけ散り散りになって隠れるぞ」
「わかりました……法条さん、どうかご無事で」
「ああ……君もな、葉月君。権能の使えない周は君が守れ。くれぐれも気を抜かないように、無事を祈る」
僕たちは法条と別れ、雑木林の中へと躍り込んだ。雨でぬかるんだ隘路をいくら駆けても、どこも似たような木が並ぶ光景ばかりで、自分たちが今どこにいるのか見当もつかない。十分ほど走ったあたりで僕と葉月はたちまち迷ってしまい、なし崩しに山の斜面にぽっかりと空いていた洞穴の中に身を隠した。
「困ったね、大分遠くまで来ちゃった。これじゃいくら隠れられても、元の病院に戻れるかどうか……」
葉月がそう呟いたその時、僕たちが先ほどまで走っていた雑木林の一帯が一瞬にして焦土と化した。ああ、葉月の心配は全く以て
「アマネくん、ごめん。ちょっと無理するね」
葉月は洞穴から躍り出たかと思うと、一直線に林を突っ切っていった。彼女のたなびく黒髪が木々の合間を縫うように走っていくのが見える。ああ、彼女は何を考えているんだ?
「あはっ、まずは一人目、みっけ!」
竜の背に跨ったアリスは顔を綻ばせ、すぐさま葉月の追跡に移った。これで僕は標的から外れたが、安堵している場合などではなかった。葉月の命が危ない。僕は急ぎ洞穴から飛び出し、山の急斜面をなんとか登り、高台の草むらのなかへと身を隠した。
葉月はジグザグに雑木林を走り抜けながら、竜の息吹をからくも躱し続けていた。後を楽しそうに追いかけるアリス。竜の羽ばたきが、遠く離れたここまで大気を振動させる。紅蓮に燃え盛る焔、焦土と化した大地。まるで神話の中のような光景だ。
葉月はどうやら、山の麓の貯水池へと向かう算段らしかった。なるほど、水辺なら竜の火力も弱まると踏んだのだろうか。
葉月が竜の灼熱のブレスを躱すこと都合十四回目、アリスは業を煮やしたのか竜を滑空させ、地上から葉月を捉えようとしていた。危ない、と僕が居場所を悟られるのも厭わず叫びそうになったとき、葉月は貯水池へと華麗にダイブし、水底へとその姿を消した。アリスの落胆の声が聞こえる。葉月が再度浮上してくるのを待てるほど、彼女の忍耐力は強くないらしかった。アリスは再度竜を空高く飛翔させ、今度は病院の方へと穂先を向けた。法条に限って下手な手は打たないだろうが、僕はひどく胸騒ぎがした。
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