Ep.26‐2 契約者は集う(後編)

       ◇


 彼が山小屋へと戻ってきたのは、雨も次第に小降りになってきた午後九時ごろだった。

「獅子宮と天秤宮の両名は宇宙センターへと向かいました。ここまでは概ね予定通りです。静観に徹することにしましょう」

 少年は他人事のように、淡々と言葉を紡ぐ。

「ねえ、あんたの目的って、一体何なのよ。宇宙センターが人馬宮たちに占拠されたことを警察に通報するかと思えば、自分は動かないなんて。あんた、一体何をするつもりなの?」

 宇宙センターに葉月さんと法条さんが入ったのを確認したら、それ以降は誰一人麓の道を通さない。そして、決着がつくまで自分たちは一切の干渉をしない、というのが金牛宮が考案した計画。しかし、一体、何をするつもりなのか。


 そう、それだけが気がかりだった。目的が掴めない。彼はこのゲームにおいて、どのような役割を果たすつもりなのだろうか? 勿論、窮地を救ってくれたことには感謝しているし、三日間余り共に過ごしただけでも、彼は悪人ではないと信じてはいる。それでも、決して警戒は緩めなかった。心まで許した覚えはないのだから。

「ボクの目的……ですか? そうですね、強いて言うならば、神となるべき人間の剪定せんてい、でしょうか」

「神って……一体何なんだろうね」

「神……その言葉が一体何を示すモノであるかはボクにも現時点では検討も付きません。ですが、恐らく。悪しき人間が神の権能を手にした場合、この世界はろくなことにはならないでしょう。その人物は自らの欲望を際限なく満たそうとするかもしれない。願望という大義名分を掲げ、無辜の民を殺戮しつくすかもしれない。ボクにはそれが、どうしても許せない。そうですね、敢えて言うならば、「神になるべきでない人間を排除する」。それが目的でしょうか。ここで言うなら御厨翼と法条暁、そして如月葉月は神になるべきではない、とボクは考えます。閉鎖された空間で彼ら彼女らが殺し合ってくれるなら、それに越したことはない」

 そう語る横顔が、いつもと違って少し凛々しく見えて、思わず私は緊張が綻んだ。

「へえ、そんなこと考えてたんだ。自分の平穏のためじゃなくて、顔も知らない他人の平穏のため。なんていうか、凄いよ。私にはそんな考えは出来ないから。結局、私っていっつも自分のことしか考えてないから」

 うん、ちょっと見直した。心の中で呟く。これは紛れもない本音だった。

「でもその口ぶりだと、あれかな。私とか一番神様になれそうにないし、馬鹿で屑でどうしようもないし、あんたの用が済んだら一番に排除されちゃうのかな」 

「何を……言っているんですか。朱鷺山しぐれさん、貴方は善良な人だ。だってあなたは、誰も殺していない。誰も傷つけてなんかいない」

 確かに、そうだけど。それは私が臆病だからだ。それは私が卑怯だからだ。戦うことから逃げて、逃げて、逃げ続けて。私には結局、何が出来たんだろう。

「でも、私はあんたみたいには考えられない。私は多分、目の前で知らない人が酷い目に合ってても、黙って見過ごせる人種だよ。自分までそんな目に合いたくないし、自分じゃなくて良かったとか、自分だったらこうするのにとか、そんな自分本位のことしか考えられないと思う。他人のことを慮ってるだけ、あんたの願いは立派だと思うよ」

「別に……。ボクはあまり、自分に対する願望ってものが思いつかなくて。恥ずかしながら、契約時の報酬の願い事もまだ使っていないんですよね」

 彼は小さくため息をつく。

「実は、私も。私もまだ使ってない。使い道に迷ってるとか、勿体なくて使えないとかじゃなくて、何か使いどころが解らないんだよね」

 法条さんも葉月さんも、契約時、権能を発動するよりも前に願ったと言っていた。仲間を見つけたようで、少しこそばゆくなる。

「まあ、いずれ使うときも来るのでしょう。きっとそのときは、そんな価値観に縛られている場合ではないのでしょうから」

 彼がそう言ったとき、金牛宮の悪魔がけたたましい羽音を立てて上空から舞い降りてきた。

「おい、ヤバいぜ。センターの麓に気配もなく急に悪魔憑きが現れやがった。それも、だ。おいおい、施設内にいる分と足したら数が合わねえだろ。どうなってやがんだ? 契約者様?」

 言葉には似合わず、熾天使には特にこの予想外の事態に対する焦燥は見受けられない。寧ろ、この状況を誰よりも愉しんでいるよう。

「どうもこうもないです。空間転移で打って出ます。しぐれさん、これを」

 そう言って少年は戦隊ものの仮面を私に差し出してくる。

「えっと……何のつもりなの」

 するときには必ず私を制服に着替えさせるし、またその手の拘りなのだろうか。

「前回の反省です。顔バレは命に関わりますからね。慎重に行きましょう。あ、チョイスに関しての話ですか? 男の子の憧れですから、戦隊ヒーローは。本当はマントやベルトも用意したかったのですが、時間がなくて」

 やはりこいつ、どこか致命的なところで欠陥があるのではないだろうか。渋々仮面を着用し終え、彼の手を握る。

「それじゃ、行きますよ」

 彼の言葉を聞き終えない内に、私たちの身体は空を浮いた。


       ◇


 門は、地獄の釜の蓋を開くように、その鉄扉を静かに開いていく。

「演出にはこだわるタイプ……か。準備は万端ってわけね。とんだ招待者様だこと」

 少女は西通用口へと歩を進める。彼の居場所は手に取るように解った。自らの半身は、もうすぐ傍にいる。紛い物の身体を引き摺りながら、片桐憂は片桐藍の許へと向かった。


      ◇

 

 美桜宇宙開発センター、正門。時刻は午後九時半を少し回ったあたり。一時間近くかけて急峻な斜面を登り切って、東通用口と西通用口の分岐点に彼女らは立っていた。

「罠、ですよね?」

「ああ、どう考えても罠だな。まあ、それを言えば街の人民の命を盾にされ出向いてしまった時点で、既に招待者の術中に嵌っているとも言えるが」

 悪魔ベリアルの魔力感知によれば、宇宙センター内にいる悪魔の数は五体。味方側の悪魔、ベリアルとフリアエを除けば、三体。そのうち二体が東通用口側に、一体が中枢部に、そして西通用口には一体もいない。

 この場で二人が訝しんでいるのは勿論、西通用口の警戒が不自然に薄いことにある。

「情けのない話だが、あまり魔力感知は宛てにならんぜ。白羊宮の時みたく特殊な悪魔だったら感知に引っ掛からないかもしれないし、抑々そもそもあちらさんの出方が解らない以上、こちらからは下手に仕掛けられん」

 神妙そうな悪魔ベリアルとは対照的に、

「あんな大胆な犯行予告を出すくらいだし、遭遇即戦闘っしょ。アキラ、ハヅキちゃん、出逢い頭にぶちかましてやりなさい」

「いいえ、きっとお茶会でもするつもりなのよ。私はハーブティーを所望しますわ」

「多分それだけは絶対にないと思う。眠い。出番まで寝てていい?」

 フリアエの三体は緊張感の欠片もなく、そんな言葉の応酬を繰り返している。

「話し合いにしろ戦闘にしろ、連中の目的が如何なるものだとしても、目的自体は変わらない。兎にも角にも、出来るだけ早く中枢部へと到達して主犯格を制圧し、ロケットの発射を食い止めることが肝要だ。まさか本当に街へと飛ばすとは思えんが、空中で爆破されるだけでも堪らない。全く、無茶苦茶なことを考えたものだよ」

 法条暁は深いため息をつく。

「法条さんの能力は、どちらかというと速攻型ですよね。仮に西通用口に誰かがいるとして、一度でも敵に『その場を動いてはいけない』とかルールを課せば、西から一気に中枢まで辿り着けるかも。あたしが東側で陽動の役目を果たしますから、一度別れてみるのはどうでしょうか?」

「なるほど……。だが、それでは君の負担が大きい。話し合いが通用しなかった場合、二対一でどこまで戦い抜ける? ……いなくなった周のこともある。分断こそが奴らの狙いやもしれん。単独行動は控えるべきじゃないのか」

 法条暁はそう葉月を諭そうとし、そして彼女の顔を正面から見据え、彼女の真意を覚った。そこにあるのは昏く、今にも煮え立ちそうな双眸。

 ああ、葉月君、君は、私に見られないところで、誰かに思い切り、八つ当たりがしたいのか。

「法条さん、すいません。あまり自分の醜い所を、人に見て欲しくないんです」

「ああ、解った。十分気を付けてくれ。中枢部で必ず再会しよう」

 東通用口へ真っ直ぐに駆けてゆく葉月の背を見つめ、法条暁は彼女に聞こえないようそっと呟いた。


「醜いところを見せたくない……か。それは私とて同じなんだよ、

 彼女は身を翻し、西通用口へと向かう。扉は底のない極黒へと彼女を誘うように、既に開け放たれていた。


 西通用口の先に広がる、迷路のような廊下。その片隅に、彼女をずっと待っていたかのように、少年は立っていた。

「公園でアリスちゃんと小競り合っていた時以来か。申し訳ないが、その奥に用がある。通してくれないかな」

      


       ❋


『……ゲーム開始十五日目。歪な箱庭に集いしは、残る全ての契約者たち。今宵この場所で、嘗てないほど熾烈で凄絶な生存戦争の火蓋が落とされようとしていた。全てが終わったとき、其処に立っているのは、神か悪魔か、それとも人間か――――』


 そこまで口にして、少女は不貞腐れたように山の斜面に寝転がる。

「ふう、こんなところかな。まあ装飾過剰な気もするけど、こんくらいしないと盛り上がらないよね。はあ、つまんない。……ああ、畜生。もっと殺し合えよ、観客が引くくらい遠慮なく残酷に敵をぶち〇せよ。それが殺し合いだろ。それが生存競争バトルロイヤルってもんだろ。もう退屈過ぎるし、今回は最後まで見届けなくてもいいかなあ」

 は手足を伸ばし、こともなげに独り言ちた。

「もっと面白い世界はなしを創りたい」


       ◇


 東通用口の先に広がる、吹抜け構造の広間。その真中に、彼女をずっと待っていたかのように、青年は立っていた。

「久しぶりだね、アマネくん。三日ぶり? 少し揉めたくらいで三日も家出なんて、結構大人げないんだね」


       

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