Ep.18‐3 動き出す思惑


 家に帰った僕らを驚かせたのは、皐月の友人を名乗る男が家に上がり込んでいたことだった。皐月は学校で苛められていて友人がいないと葉月から不安そうに相談されていたから、それはとても喜ばしい事でもあったのだけれど。

「これはどうもどうも。俺はロキってもんです。まあ、皐月の親友みたいなもんっていうか。まあここはよろしく頼みますわ」

 金髪に西洋人風の出で立ちからして、帰国子女か何かだろうか。僕は男の軽妙なノリについていけず、話に花を咲かせる葉月とロキを尻目に、そそくさと退散を決め込んだ。どうもああいう手合いは苦手だ。僕は部屋の隅で皐月と話すことにした。

「なにがあったか、聞かないのかい?」

「ええ。姉さんの奔放な行動には馴れてますから。一晩くらい帰らないのなんて日常茶飯事です。大丈夫ですよ周さん。変な勘繰りはしていません」

 えっと。めっちゃ勘ぐってますよね皐月さん? 僕は少し思案して、

「僕たちの仲間が少し危ない目に合って病院に運ばれたんだ。昨日はそれに付きっ切りで……。だから変なことはしてないよ。本当に」 

 嘘は言っていないから大丈夫だろう。

「いいんです、別に。姉さんもきっと寂しい人ですから……」

 皐月は物憂げに視線を下げ、続けた。

「姉さんと周さんがなにか隠し事をしているのはわかってます。別にそれを咎めることはしません。だからお願いします周さん。姉さんがなにか少しでも危ないことをするようだったらすぐ止めて下さい。あの人、昔から無鉄砲ですから」

「うん……」

 皐月は珍しく微笑みながら言った。

「出来ればずっと姉さんの側にいてあげてください。きっとその方が、あの人にとってもいいと思うから……」

 そう言って、皐月は階上へと消えていった。

 僕は皐月との今しがたの会話を反芻しながら、葉月と皐月、どこかずれた二人の距離に困惑を深めた。どうして皐月は、葉月を避けるのだろう? どこかアンバランスな家族ふたりに戸惑いながらも、僕も自分の部屋へと向かった。


       ◇     


「悪魔とエッチするとね、気持ち良すぎてもう人間とは出来なくなっちゃうんだって。本当に良いの? 霊魂とかよりよっぽど残酷だと思うんですけど」

「いいから、黙ってやれ」

「はいはい。本当淡泊だよね~~、キミ。なあんか結花ちゃん? だっけ、カノジョの気苦労も知れるってもんだわ」

 行為は数分で終わった。いや、人馬宮サジタリアス御厨翼が自らの悪魔と交わしたそれは、性交と言って定かであるのかさえ不明なものだった。

「これで……終わりか?」

「うん。良かったね。霊魂を貰う契約もしたしこれで契約を二段階も強化できるよ。後は生贄かあ。誰を捧げんの?」

「少し、黙ってろ……」

御厨翼十八歳は紛れもなく童貞だった。よって彼がルサールカとの行為によってもたらされた得も言えぬ快楽に多少の動揺を感じていたことは致し方ないことであり……まあ、言葉にならないほどの割とデリケートな問題ではあった。

「まあまあ。誰にでも初めてはあるって。全然できなかった逆上がりとかどうしても欲しかった誕生日プレゼントとかといっしょ。そんな気に病むことでもないと思うよ?」

「だから、黙ってろ」

「それでさあ、今後どうすんのよ。折角契約も強化できたんだし、強くなった権能使って誰か倒しにいこーよ。流石に観てるだけってのはルカちゃんもう退屈だよ~~~~」

「そうだな、まずは手駒を増やすことからだな」

 翼は独り言ち、そして彼の冴え渡った頭脳はあるひとつの解を導きだした。

「……病院だ」

「なんて?」

「三日前の公園での戦闘……あの場所に集っていたメンバーの中で、ただ一人、いや二人か、確実に病院に通っているはずの人間がいただろう? そうだ、まずは医者か看護師に権能を使ってカルテを洗うことからだな」

「え~~~~っと。ルカちゃん、話に全くついていけてないわけですが」

「安心しろルサールカ。お前は別に頭は悪くない。俺の頭が良すぎるだけだ」

「うわめっちゃ嫌味。まあ今後の道筋が見えただけ良いかあ。後はあれだね、復讐の相手探しだね」

 翼の顔が途端に翳った。

「今はまだ、その話はするな……。俺はまだ、人間でいたい」

 彼の瞳の奥底に冷たい炎が宿ったのを、ルサールカは見逃さなかった。

「一人殺せば悪党で、百万人殺せば英雄になると言ったのは誰だったっけか」

 翼の瞳は昏く沈んでいく。

「そうだな、だったら俺は神になって、百万と言わず俺が不要だと感じた人間全てをこの地上から消してやるよ」

悪魔ギャルは密かにほくそ笑んだ。

(やっぱりこの人間を選んで正解だった……間違いなく、この人間は誰よりも強く、神の座を狙うだろう)

 御厨翼の憎しみが、怒りが、やり場のない虚しさが世に満ち溢れる時は、もう彼の目捷にまで迫ってきていた。


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