Ep.24‐3 際会は軽やかに

       ◇


 麻里亜や葉月との出逢いが僕にとって運命だったように、僕と彼との出逢いもまた、「運命だった」と表現しても差し支えはないだろう。まあ、男同士である分、ややロマンチシズムには欠けるかもしれないが。

「結構混んでますね」

「そうですね。お一人ですか?」

 長蛇の待機列の中で急に話しかけられて少したじろいだものの、人の良さそうな青年の様子に安堵する。葉月は横で遊園地のマップを凝視していて、こちらに気付く様子はない。

「ええ、残念ながら。出来れば僕も女の子と一緒に来たかったんですけどね。あはは……」

 青年は頭を掻きながら照れ臭そうに続けた。

「可愛い彼女さんですね、羨ましいなあ」

 公衆の面前でそんな恥ずかしい科白を言うな、好青年。いやそもそも僕と葉月はそんな関係じゃない。なんと返答しようか考えあぐねていたところ、葉月が漸く気付いたのか、顔を上げてこちらを見た。

「えっと……どなた? アマネくんの知り合い?」

「いや、今会ったばかりだよ」

 僕はすかさず否定する。デートに水を差されて少し不満なのか、葉月はあまり機嫌がよくなさそうだった。

「これは失礼を。僕はこういったもので」

 青年が僕たちに名刺を差し出す。

 〇〇大学医学部××研究科□□研究室、の辺りまで読んで、僕はげんなりした。学生の癖にご丁寧に名刺まで常備しているとは見かけによらず自己顕示欲が強いのかもしれない。だがその先を見て、僕は目を見開いた。


 連城れんじょう探偵事務所 助手 天城真琴あまぎまこと


 アマギ、マコト。噛み締めるように僕は頭の中でその名を唱えた。それは、その名前は。


(明日はアマギとかいう男との逢引の日だろう? いっそ『彼が私を好いてくれますように』とか『彼が帰り際に告白してきますように』とか願ってみるのはどうだい? 在り得ないことではないだろうし)


 麻里亜の、知り合いで。麻里亜の、想い人で。麻里亜が、生きていればデートをするはずだった……。


 堪えきれず、抑えきれずに、口を開く。

「……あの。三神麻里亜という女の子を、知っていますか」

 青年――天城真琴は驚愕の表情で僕の顔を見、

「彼女を、知っているんですか……? お願いです、教えて下さい! 彼女は今何処にいるんですか? 無事なんですか?」


 天城の顔をまっすぐに見る。不審がることもなく、彼は真剣に、神妙に、僕の返答を待っているように見えた。どうやら本気らしい。

「すいません。……僕にも、解りません。以前、麻里亜さんと交友があった時に、あなたの名前が出たものですから、つい……」

「そう、ですか……」 

 天城は項垂れた。真実を伝えたい気持ちはあった。麻里亜は死んだ。殺された。そして彼女の記憶を受け継いだ悪魔と僕は契約している。いや、まずゲームのことから伝えなければ駄目か? 思考が堂々巡りする。麻里亜が、麻里亜を、麻里亜に。僕は今、何をすればいいんだろう? 僕は今、何が出来るんだろう?

 葉月は怪訝そうに僕たちを見、僕の腕を引っ張って、

「ちょっと、この人変だよ。もういいでしょ」

「あ……ちょっと待ってくれ、葉月。彼に聞きたいことがあるんだ」

 それが僕が何とか紡ぎ出した、中身のない言い訳だった。

       

       ◇


 突如、静寂は破られた。軽快な拍手の音が、体育館の片隅から私の耳朶じだに虚ろに響いていた。

「いやあ、見事見事。爽快なまでの殺しっぷりだなあ。ニホン風に言うなら、敵ながら天晴アッパレと言ったところか?」

 一面の死体の山を見回してけらけらと笑っているのは、一体の悪魔だった。悪魔だというのに高価そうな黒のファーコートを身に纏い、きらびやかな装飾品アクセサリーを多数身につけている。髪は金だし、派手好きなのだろうか。まあ、そんなことは瑣末さまつな問題だ。どうせ私はこれから死ぬ。敵が二組に増えただけ、どちらに殺されようと大した違いはない。そう、どうでも、いいこと、なのだ。死を達観したせいだろうか。今の私は、目の前で繰り広げられる光景が手に取るように冷静に冷徹に理解出来た。

 信じられない、というように生徒会長は目を見開いていた。

「一体、何処から現れやがった?」

「おいおい、そんなに敵意剥き出しにしなさんな。俺は褒めてんだぜ、たたえてんだぜ? もっと喜べよ、大量殺人者ひとでなし

 悪魔はにたり、と笑う。

 生徒会長――人馬宮の悪魔は目に見えて動転していた。

「ち、ちょっとヤバいよコレ。嘘でしょ、何で熾天使セラフィムが、最上位の悪魔がここにいんのよ」

「お前が考えるべき問題じゃないだろう、小娘。燕雀えんじゃく安くんぞ鴻鵠こうこくの志を知らんや。少しばかり契約を強化して浮かれてる低級悪魔風情に上位悪魔の心の機微など解らんよ」

 そのとき、熾天使と呼ばれた悪魔の契約者が悪魔のコートの陰から姿を現した。暗い面立ちの少年だった。何処となく、誰かに似ている気がした。

「覚えたての難しいコトバを無暗むやみに使うのはやめてください。逆に頭悪バカそうに見えますよ」

 気弱そうな外見とは裏腹に、少年の言葉には棘があった。

「すまんすまん。ニホン語って言葉の並びが独特で面白いからな。ついつい使ってみたくなるんだよ」

「そうですか。言語なんてどれも大した違いはないように思いますけどね。あと燕雀安くんぞの出典は史記なので日本文ではなく漢文です」

「ありゃ、紛らわしいな」

 

 今の私なら理解できる。少年と悪魔の異常さ、異質さが。生徒会長サジタリアスなど到底及ばない程に、この二人のいびつさは際立っている。

 折り重なる死体の陰惨さを見て、嫌悪を露にするでも、加害者を詰るでもなく、ただ二人は此処が長年住み慣れた自宅のお茶の間でもあるかのように、寛いで呑気な会話を繰り広げているのだ。まるで目の前の死体など、存在しないかのように。人間の死など、意に介さないように。人馬宮の凶行を純粋に褒め称える剽軽ひょうきんな悪魔に、表情を殆ど変えないまま淡々と言葉を紡ぐ少年。二人の不均衡アンバランスさに、私は眩暈を覚えた。


「申し遅れました。ボクは金牛宮タウラス。十三人の悪魔憑きの一人です」

 ボク、とを少年は使う。

「俺に、何の用だ」

 自身を睨み付ける人馬宮に、金牛宮は冷たく返した。

「何か勘違いしているようですね。貴方には特に用は有りません」

 そして彼は私の方に視線を移す。

「ボクが用があるのは……宝瓶宮アクアリウス、いえ、朱鷺山しぐれさん、貴女あなたですよ」



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