Ep.24‐4 壊れゆく繋がり


       ◇

 

 葉月には僕と天城に「共通の知り合い」がいる旨を伝えて、僕は暫し天城と彼女の思い出話に花を咲かせた。彼と話していると、麻里亜がまだ生きているような感覚さえ覚えて、より一層切なくなった。


「それで、どう? 実のある話は聞けたの?」

 僕と天城が麻里亜についての話をしている間、葉月にはベンチで待ってもらっていた。

「うん。まあ割と」

 嘘だった。天城は契約者ではないし、僕の方も話せる内容は必然と限られてくる。あまり目ぼしい情報は得られなかった。

「そっか。それは良かったね」

 天城は麻里亜について僕よりも詳しく知っていた。付き合いは僕よりも長いのだから仕方ないことだが、彼は僕に見せなかった麻里亜の表情も知っているのだと思うと、何処となくやるせないものがあった。二人は連城恭助なる探偵が営む事務所に出入りしている内に仲良くなったらしい。法条の知り合いの魔羯宮も探偵らしいが、このご時世にそんなに探偵の推理を必要とする難事件が発生するものなのだろうか。

 上の空で物思いに耽っていると、葉月が言った。

「ね、アマネくん。最後にメリーゴーランド乗らない? あたしあれ、一度乗ってみたかったんだよね」

「ごめん。ちょっと僕スピードが出るやつはあまり、得意じゃないかな。酔っちゃうし」

 思考を遮られて僕は柄にもなく少し苛ついて、思わず断ってしまった。

「そっか。じゃあ観覧車にしよ」

 そう言って葉月は足早に観覧車の麓へと向かっていく。日差しに照らされた彼女の横顔は何処となく強張こわばっているように見えた。


 観覧車の中、二人きりになる。周囲の空間から隔絶された揺り籠の中で、僕たちは向かい合って座っていた。会話は途切れ途切れでぎこちなく、僕が次にどんな話題を振ろうか迷っていたとき、葉月が不意に口を開いた。

「ね、まりあちゃん、だっけ。どういう子だったの? 大切な人、だったんでしょ?」

 急に切り込まれて、僕は返答に窮する。どうする……? 正直に全部話すべきなのだろうか。巨蟹宮――三神麻里亜と主天使――ネヴィロスのペアが辿った、数奇な運命ものがたりを。

 葉月は真剣な面持ちで僕を見つめていた。


 数十秒の間悩んだにも関わらず、出てきたのはそんな投げやりな返答ことばだけだった。自分の白々しさに溜息が出てくる。

「そっか……。そうだよね、ごめん」

 葉月は寂し気に微笑んで、目を伏せた。そうだ。これでよかったんだ。僕と麻里亜の問題に、葉月を巻き込むわけにはいかない。――。

 居たたまれなくなって、葉月から目を逸らすように観覧車の窓から景色を眺める。僕たちが初めて出逢った路地を視界の端に捉えた丁度そのとき、視界が灰色に染まった。脳の中が海月くらげみたいに揺蕩って、波打つ。

「……ない? ……って……よ」 

 彼女が何を言っているのか聞きとれない。世界が遠くて、血液が逆流したかと思うほど熱い鼓動だけが、近い。焼きごてを押したかのようにじりじりと痛む頬の熱さで、葉月に平手打ちビンタされたのだ、と漸く理解した。


「関係ない? 関係ないって何よ。

 ぐらつく思考のまま、葉月の言葉を聞く。

「ね、アマネくん。。ううん、今日だけじゃない。記憶を取り戻してからずっとそう。話しかけてもいつもいつも上の空で、何処かここじゃない遠くを視てるような顔しちゃってさ」

 怒ったとき、不機嫌なとき、語頭に「ね」を付け加えるのは彼女の癖らしい。そんな益体もないことを考えつつ、僕は葉月の言葉を聞く。聞き続ける。

「ねえ、なんで? どうして過去ばかりに囚われ続けるの? どうして今を楽しめないの? どうして……? 彼女まりあちゃんとはもう、終わったんでしょう?」

 最後の一言から彼女が重大な勘違いをしているであろうことは手に取るように解ったが、誤解を解こうとする思いよりも先に生じたのは、彼女の理不尽な八つ当たりに対する反感だった。

「何だよ、それ。だから言ってるだろう、。余計なことを詮索しないでくれ」

 思わず語気を荒げてしまう。止めようと思っていても、とめどなく紡ぎ出される言葉の渦に飲みこまれ、うまく自分を制御できなかった。

「はあ、何なんだよ、君は。子供じゃあるまいし、いい年して恥ずかしいよ本当に。もう少し落ち着いたら? 大体過去のことを言うなら君だって相当だよ? 両親はどうしたの? 何で皐月と殆ど話さないの? 昔のことは何一つ僕に言わないじゃないか」

 まずい。これ以上はまずい。でも……、無理だった。彼女が僕に示すが堪らなく鬱陶しくなるときがあるとか、年不相応(葉月は21歳だ)な幼稚さがあるとか、兎に角色々まくしたてた気がする。葉月は呆然として僕の暴言を聞いていた。何か、反論があると思った。

「そうだね、少し大人げなかったよね」

 でも、何もなかった。葉月はいつものように微笑んで、

「ね、今日、?」

 そんな強烈な反撃カウンターを食らわしてきた。観覧車が、地上に着いた。


       ◇


「気分転換のつもりが、とんだことになっちゃったね。本当肝心なところでダメだなあ、あたし」

「葉月、さっきは……」

「いいの、もう忘れて」

 黄昏に染まる街の中、数歩先から彼女は振り向いて言った。

「あたし、ちょっと帰りに寄るとこあるから。アマネくんは先帰ってて」

 葉月は嫌なことがあっても泣いたりしない。不貞腐れたりしない。だって彼女は強いから。……。

「それじゃあ、また後で」

 路地にぽつりと水滴が染み込んだ。夕立だ。ああ。いつか結花ちゃんに酷いことを言われた麻里亜も、今の葉月と同じ心持だったのだろうか。だとしたら辛すぎる。悲しすぎる。ああ、久しぶりに思い出した。人間であることは、こんなにも苦しかったんだった――――。

 

 僕は一人、家路を辿った。

       


       

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