四節 「予兆」
Ep.4‐1 路地裏の戦い(前編)
麻里亜は知る由もなかったが、彼女が決意を固めようとしていたのと時を同じくして、ゲームの開戦の火蓋は早くも切られようとしていたのだった。以下は深夜の路地裏で人知れず繰り広げられた、このゲームの開幕を彩るに相応しい一戦、その模様である。
◇
葉月は息を深く吸い込んで、相手に問うた。
「一応聞いてみたいのだけど……見逃してくれたりとかしないわよね? まだゲームは始まっていないのよ」
「姿を見られた。君を殺す理由はそれだけで十分だ」
殺人鬼はナイフを構え、じりじりと葉月に近付く。顔の仮面からは表情は
「悪魔さんも止めないの?」
葉月は殺人鬼の後ろに悠然と
「はい、止めません。我が主人は少しばかり血の気が多いようでしてね。ご婦人にはお気の毒ですが、ここで殺されてください」
「余計なことを口走るな、アスタロト。今は集中したい」
「これは失礼いたしました」
恭しく頭を下げる悪魔。
「だってさ、ベリアル。なんか戦うしかないっぽいよ」
葉月は彼女の悪魔、ベリアルに振り向いて言った。
「俺は問題ないぜ。
「分かったわ、では始めましょう」
葉月はバックから徐に長い棒状のものを取り出した。一振りの竹刀である。
殺人鬼はナイフを葉月へ向けて構え、いつでも距離を縮められるよう機を待っていた。
暫しの
「来ないなら、こっちから行くわよ」
竹刀を構える。そして唱える。彼女に与えられた
「
瞬間、地が爆ぜた。
葉月は殺人鬼との距離を一瞬でゼロにした。そして竹刀を全力でフルスイングする。すれすれで躱す殺人鬼。ビルの
「これを避けるなんて、なかなかやるわね。そっちも少しは憶えがあるのかな」
葉月は手を休めずに猛攻を続ける。彼女の身体は疲労を知ることなく、重さも感じていないように竹刀を振り抜く。それと共に後ろで束ねた髪が鞭のように
如月葉月の権能、『
「君、本当に女の子かい」
ただ単に、
「ええ、見れば解るでしょ」
性別、資質といった個人の限界を超えて、
「そっちこそ可愛い声をしているわね、殺人鬼さん」
自らの肉体を強化する能力である。
「それはどうも」
単純と
しかし、それだけの能力を持ってなお、葉月は攻めきれないでいた。
「なんで当たらないのよ」
葉月が毒づいた。彼女の言う通り、殺人鬼は葉月の剣筋を全て紙一重で躱していた。ギリギリまで引き付けてから避けている。最早神業としか思えない身のこなしで。
「予知、か。反則だろそんなの」
ベリアルが吐き捨てるように言った。
「ご名答。私の悪魔としての能力は未来予知です」
アスタロトが得意げに言った。
予知。予め知る。数秒、数分後の未来の情報を予め身体に
「原則として悪魔が戦いに加わるのは禁止。戦うのはあくまで
「屁理屈だ、反則だ」
盾突くベリアルにアスタロトは冷たく返した。
「持たないものの言い分ですね、それは。嫉妬は最も醜い感情の一つですよ。二級悪魔の分際で
「葉月! まだいけるか」
「うん、大丈夫」
葉月は竹刀をゆっくりと下ろした。
「何、降参でもするつもり?」
殺人鬼は勝ち誇るように言った。
葉月は黙って竹刀を胸の前に
「あたしの最速で当たらないのなら」
いつしか彼女の腕には光を纏う一振りの剣が握られていた。月光の剣である。
「光の速さならどう?」
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