三十節 「鳩首」
Ep.30-1 鳩首その一 連城探偵事務所
「全く、面倒なことになったものだよ」
連城恭助はソファーに深く腰掛け、手狭な部屋を見回した。
彼を囲むのは、天城真琴、鷺宮紗希、早乙女操。そして、もう一人。
「私までお招きいただき、感謝いたしますわ、連城さん」
穏やかに微笑む操を無視し、紗希は議論の口火を切った。
「年貢の納め時だ、連城。この際だ、一切合切話してしまえ。手始めに、そうだな。何故、彼女がここにいるのかを説明してもらおうか。よもや幽霊だなんて言うまいな。あれから何年経ったと思っている、年を取ってもいないじゃないか」
紗希は事務所の台所でせっせと人数分の料理を拵えている女性を見、訝しげに訊ねた。勿論、当の本人には聞こえないように小声で、だが。
「当たらずとも遠からずだよ、鷺宮。彼女はやよい。間違いなく、僕たちが知っている六道やよいさ。本人ですら、既に一度は死者となったことを認識していない。ならば、僕たちも彼女を温かく迎え入れようじゃないか」
連城は腕を組み、紗希を見る。
「いや、しかしだな……。彼女は死んだだろう? 紛れもなく、だって、彼女の執刀をしたのは……」
「その話はよしてくれないか。嫌なことを思い出してしまうんだ」
連城は眦を下げ、テーブルの角に置かれた煙草の箱に手を伸ばした。
「僕が願いを彼女の蘇生にしたのはね、彼女への僕なりの贖罪だったんだよ。わかってはいるさ、自己本位な願望だってことはね。だけどね、鷺宮……」
「ああ、わかったよ。それ以上は言わなくていい。……すまなかった」
「こんなことが、本当に在り得るんですね……。死者の、蘇生……。不老不死くらいなら、大真面目に研究している人を身近に知っていますけど……」
天城はムードを変えようと、医学生ながらの見解を示していた。
「男女の営み以外による生命の誕生……一種の神秘ですわね」
操が小首をかしげたのと同時に、彼女は入ってきた。
「はじめまして」
六道やよいは会釈し、連城の隣に腰かけた。
「改めて紹介しよう。彼女は六道やよい。僕と鷺宮の学生時代の友人だ」
連城は咳払いし、続けた。
「そして……僕と同じゲームの参加者の一人、獅子宮……如月葉月の母親でもある」
「娘が……。いえ、あなたたちが何か、特別な事情に巻き込まれているということは理解できます。ただ、一時だけでもいいのです。葉月と、話がしたいのです。昔は……出来なかった、ことですから」
空間から音が奪い去られたかのように、事務所はしぃんと静まり返っていた。
「良いじゃありませんか。私に出来ることなら、喜んでお手伝いしますわ。ねえ、連城さん?」
操は連城の方を見やり、そう口にした。
「ああ。僕としても、彼女の願いを叶えてやりたい。生前には、叶わなかったことだからね」
目を伏せ、テーブルを凝視する天城に、
「今、麻里亜くんのことを考えただろう? つまり、「願いごと」を使って蘇生させれば……と」
「あ……。すいません。不謹慎なことだとはわかっているんですが、どうしても……」
「死者の蘇生自体は可能だが、悪魔憑きに対して行使できてはゲーム自体が成立しないだろう? やはり神とやらが、何らかの対策を施しているとしか思えないな」
鷺宮は嗜めるように言った。彼女にとっても、それは避けては通れない命題だった。死者の蘇生……そんなことが、果たして本当に可能なのだろうか? 悪魔憑きに対して与えられた特殊能力、権能についても同様だった。果たして、自分たちは今、何と戦っているのだろうか……?
彼女の懸念など知る由もなく、連城は続けた。
「兎にも角にも、僕は……僕たちは、如月葉月に会って、話しておきたいことがある。協力してもらえないか」
「先生を中心とする僕たちの当面の目標は、如月葉月との接触、ということですね」
「願ってもないことだ。連城、お前はいつもやり方が回りくどい。そうしたいのなら、初めからそうしていれば良かったのさ」
「私としてはもう一度、彼女に会って話しておきたいこともありますしね」
それぞれの反応を見せる面々を見まわし、連城は呟いた。
「ああ。そしてもう一つ。これは個人的な事情なんだが……」
神妙な面持ちで、連城は口にする。
「神を討つ」
天城と鷺宮は眉を顰め、視線を交わし合った。操は微笑み、何も言わなかった。
「いつまでも登場人物の立場ではいられない……。それに……確かめたいこともあるからね」
そして、背景が暗転した。
「噂をすれば、か……。何もかもがお見通しというわけだね」
連城は苦笑する。
「ようこそ、ボクの宮殿へ。悪魔憑きも半分になったことだし、三回目……最後のイントロダクションと行こうか」
八代みかげ。神となった少女。十三人の悪魔憑き。そしてこの舞台装置……。
「今回の議題はシンプルに、「神とは何か」、これで行こう」
みかげは高らかに宣言する。
神への叛逆……それすらも、八代みかげの計算の内だというのだろうか。みかげの掌の上で、踊らされているのに過ぎないのではないのだろうか……。連城は胸に芽生えた仄かな疑念を押し留め、来るべき時へ向けて覚悟を決めていた。
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