Ep.5‐2 運命の夜Ⅱ
程無くして、廊下の突き当りに行き当たった。そして気付く。地下への階段がゆったりとその口を広げているのを。私は先輩の言葉を思い返す。踵を返そうとして、キン、となにか金属がリノリウムの床を打つ音を聞いた。
「あっ」
さっきデパートの服飾屋で購入した小さな指輪が、サイズが合わなかったのか私の指から抜け落ち、地下室の階段の中へ音を立てて消えていった。
どうしよう。
「少しだけなら、大丈夫だよね」
自分に言い聞かせるように、私は地下室への階段をゆっくりと一歩一歩降りて行った。
指輪は地下室の扉の前で止まっていた。私は屈んで指輪を拾い上げる。すると、扉の向こうから何かを引き
「誰か、いるの?」
返答が返って来ないことを分かっていても、私はそう問わずにはいられなかった。
やめよう。もう引き返そう。先輩が不信がる。私はばくばくと脈打つ心臓を押さえ、深く息を吸い込んだ。そして今しがた下った階段をかけ上がろうとし――その声にもならぬ声を聴いた。
「……て」
つむじ風のように、ひゅうひゅうと鳴る音。ずりずりと床を這っている音。
意を決し、私はドアノブを回した。きいい、と嫌な音を立てて、内側に開く扉。
「……けて」
その刹那、扉の向こうに現れたものを見て、私は声にならない悲鳴をあげた。
「たすけて」
そう掠れるように呟いたのは、裸の少女の半身だった。彼女の胸から下には何もなく、彼女はもがく様に両腕をばたつかせていた。彼女が這いつくばったらしい道には、ただどす黒い染みだけが広がっていた。
「おや、食事中に客人ですか。いけませんよ、お嬢さん。淑女たるもの、時分は弁えなければ」
悪魔は少女の両足を力任せに引き千切り、ばりばりと音を立てて彼女の腰部を
私はただ、ぶるぶると首を横に振っていた。
「言ったはずだよ、地下室には入ってはいけない、と」
気付けば私の後ろには霧崎先輩がいた。
「とても残念だ、三神麻里亜さん。君とはいい友好関係を築けると思ったのだが……私は君を殺さなくてはならなくなった」
霧崎先輩は心底残念そうに言った。
「どういうことなんですか、なんで先輩がこんな酷いことをするんですか? いや、まず何で先輩の家に悪魔が……」
「質問は一つずつしてくれよ、まあいい。まずは君にはこれを見てもらおうかな」
部屋全体をパッと明かりが照らしだした。そして自分の
部屋中の棚に並べられたのは、液体の入った
「うぐっ」
私は思わず嘔吐した。
壜を満たすホルマリン溶液の海の中で海藻のように揺蕩っているもの。それらは全て――かつて生きていた少女の一部だったもの。眼球があった。毛髪があった。手首も脊髄も乳房も太腿も、子宮さえもあった。
「うっ、うええ」
また嘔吐して、ぜいぜいと喘ぐように呼吸する。いつしか私の視界はぼやけていた。脳がうまく像を結んでくれない。体の全神経が、今ここにある
「先輩が、そうだったんですね」
霧崎道流は、危険だった。そう、解かっていたはずなのに――。
「ああ、私が少女連続殺人の犯人だよ」
「なんで、どうしてなんですか、どうして先輩みたいな人が――」
「失望したかい、それとも絶望したのかな。私の正体がこんなものだと知って」
先輩は歌うように言った。
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