Ep.27‐1(白) 四つ巴の攻防 

 

 センターの麓のぬかるんだ地面に立つのは五人の男女たち。時計の針は少し巻き戻り、午後九時十分頃。センターを巡る最初の攻防は、この場所から既に開始されていた。


「いいですか、しぐれさん。センターを巡る攻防には四つの陣営が絡んでいます。第一に、人馬宮、御厨翼が率いる悪魔憑きたち。構成員は人馬宮、双児宮、処女宮、虚無宮。彼らの目的は、残り全ての悪魔憑きたちの掃滅にあるとみて粗間違いないでしょう。四人の契約者から成る彼ら連合は、現状最も厄介な障害です。第二に、第一陣営を止めるべく向かった獅子宮と天秤宮。第一陣営との戦闘による結果は予測できませんが、どちらも甚大な被害を追うことは間違いありません」

「そこを、背後から狙うっていうの? 言っとくけど私、まだあんたよりもあの人たちの方が信用できる味方だと思ってるから、協力はできないからね」

 虚無宮、周が何故センター側に与したのかを疑問に感じながら、しぐれは黙って話を聞き続ける。

「それで構いませんよ、今のところはね。続けます。第三陣営はボクたち二人です。ボクたちは第一陣営、第二陣営共に敵でも味方でもない。ボクらが狙うのは彼ら彼女らの相打ちです。それには、出入り口を封鎖しセンター内を密室化する必要がある」

 金牛宮の戦況分析は概ね的確だった。そう、魔羯宮が三人からなる契約者であることを除いては。

「さて、ここで問題となるのは第四陣営の存在です。ボクの悪魔は彼らが正体不明のように言いましたが、状況から見て彼らは魔羯宮と見て間違いないでしょう。単純な消去法です。問題は彼らの目的が掴めないことだ。穏便に事を収めたいところですが、戦闘も覚悟しておいてください」

 

 そう言い終えて、金牛宮はしぐれの手を引いて草叢から出る。連城恭助、鷺宮紗希、天城真琴。魔羯宮たちが、そこにいた。


「やあ、これはこれは。カップルでお面をつけて仲良く夜のピクニックかい?」

「先生、この場合はピクニックというよりはハイキングではないでしょうか?」

 緊張感の欠片もない二人とは異なり、紗希は努めて平静だった。連城から彼が現在身を投じている戦争遊戯の実態を聞かされた時は、肌が粟立つ思いだった。一度能力を手にすれば、子供とて残酷に残虐に人を殺すようになる。いくら金牛宮と宝瓶宮の外見が子供だからと言って、決して油断は禁物だ。

 紗希は躊躇いなく銃口を構え、少年と少女に尋ねる。

「君たちの目的は何だ。目的次第では、ここで撃ち殺すこともやむをえまい」

「鷺宮。威嚇だとしても子供相手にそんな物騒なモノを向けるんじゃない。彼らに攻撃の意思がない限り、僕たちの方から仕掛けることはない」

 金牛宮はしぐれを庇うように一歩前へ出て、

「それは重畳ですね。ボクたちはただ静観に徹したいだけですから」

「ほう?」

 金牛宮が掌に文字を書いて何か自身にメッセージを送ろうとしていることに、しぐれは気づく。彼女は一文字一文字、正確に読み取る。


 ボクガジカンカセグ ノウリョク カイセキオネガイ


 ラプラスの悪魔による相手の能力の把握。一人当たりかかる時間は一分ほど。しぐれは集中し、右端の青年から契約者名、能力を解析し始める。


 契約者名、天城真琴。

 権能……『密室の行人』……任意に出入りが、可能な、「扉」と「小部屋」を、創る能力。扉の、出入り口は、三か所まで創ることが……。


 権能の解析に全神経を集中するしぐれ。顔はこわばみ、額には玉の汗が浮かんでいる。金牛宮は彼女を振り返らず、言葉を続ける。

「話は単純です。ボクたちはあのセンター内で起こる戦いに、可能な限り「不確定要素」を加えたくない。放っておけばあのセンター内にいる悪魔憑きたちは勝手に殺し合ってくれる。二人か、三人か。人数が減る分には、あなたたちにとっても好都合のはずだ」

 さて、どう出る。金牛宮は言葉を紡ぎながらも思考の渦を止めない。常に考え、最善手を導き出さなければ、三人を相手に足止めなど不可能だ。

 彼の第一の賭け。魔羯宮たちの目的がセンター内の契約者の「排除」にあるのならば、この手は極めて有効なはず。彼らとて安全圏から傍観しているだけで事を済ませられるのならば、それ以上に好都合なことはないのだから。

「生憎だが、僕たちの目的は君たちのものとは異なる。僕たちはね、彼ら彼女らの救援に来たのだよ」

「そんなことをして、何になるのです。あなたたちは命が惜しくはないのですか。放っておけば、あのロケットは……」

「街ではなくセンターの敷地内に落ちる、だろう? 君とは僕と同じ匂いがしたよ。はぐれ者の思考の匂いがね」

 沈黙を保っていた紗希は痺れを切らし、金牛宮へと深く切り込む。

「御託は良い。そこの少年、君は私たちを害する気があるのか? ないのか? 一体どちらだ」

 金牛宮は舌を噛み、決断をする。

 時を同じくしてしぐれの能力解析は二人目、連城へと移る。

「さあ。それはあなたたち次第です。ここを通り抜けるというのならば、幾ばくかの痛みを受けてもらうことになるかもしれません」

 金牛宮の権能は、戦闘には凡そ混乱しか及ぼさない代物である。彼でさえ「使用したらどうなるか」を予測できないため、運用には相手の能力の把捉が最低条件となる。しぐれに能力の解析を頼んだのも、それゆえだった。

「連城は先へ行け。お前が一番戦力には程遠い」

 

 金牛宮は懐から一振りのナイフを取り出したかと思うと、地を駆けた。ひ弱な少年の膂力とは到底思えない。紗希はフェイントの左こぶしを払い、不意打ちに来た足払いを躱す。空中で体勢を整え、ナイフを振りかぶった金牛宮の右手をしかと掴む。そして落下と同時に、彼を思いきり背負い投げる。

 金牛宮が地面に叩きつけられるその直前、雨で地面にぬかるんだ地面にぽっかりと扉が空き、彼の身体を瞬く間に飲み込む。

「安心してください。五分経てば出られますから」

 天城はそう言い、紗希と共にセンターへの坂を駆け上り始めた。

「全く……。あんなやつがまだ七人もいるのか。命がいくらあっても足りないな」

 紗希は深くため息をついた。


       ◇


 五分後、金牛宮は地面から這い出て、事態を察した。

「どうやら、手遅れのようですね。残念ながらボクたちに出来ることは、もうありません。ロケットの発射は獅子宮たちが食い止めてくれると信じて、山小屋へと戻りましょう」

 しぐれは思考する。今なら、いけるかもしれない。いや、今しかない。しぐれは金牛宮へと精いっぱいの当身を食らわせる。不意を突かれ、金牛宮は地面へと強かに体を打ち付けられる。

「なっ……。何のつもりですか、しぐれさん」

「ごめんね。助けてくれたことには感謝してる。でもね、私はあんたの仲間である前にあの人たちの仲間なんだ。だから、あんたとはここでお別れ」

 金牛宮は驚愕と困惑が入り混じった表情でしぐれを見る。

「馬鹿な、やめてください。いや、やめなさい。。しぐれさん、あなたは……」

「もう、死ぬのは怖くないんだ。もし今ここで私が葉月さんや法条さんを見殺しにして生き延びたとして、そんなの生きた内に入らない」

「何を馬鹿なことを……」

「ごめんね。ほら、これはお礼」

 しぐれは首に掛けられていた金時計を外し、金牛宮へと放る。

「……これは、何ですか?」

「朱鷺山の家に代々伝わる純金の懐中時計。私が言うのもなんだけど、世界に一つしかないものだから、相当なお値打ちものだよ。もう何の意味もないものだけど、あんたにあげるよ」

 少女は俯いて、少年に背を向ける。

「待って、待ってください! あなたは、ボクを裏切る気ですか」

「ごめんね。あんたのことは、法条さんや葉月さんには内緒にしとくよ。うん、あんたと過ごした時間は短かったけど、実を言うと結構楽しかった」


 少女は駆け出す。嘗ての仲間の許へと救援に向かうために。

 ずっと……。助けてもらった。

 ずっと……。支えてもらった。

 返しきれない恩がある。伝えたい言葉が、想いが、次から次へと溢れ出てくる。

 まだ終わってない。まだ終わりじゃない。いくら変わっても、私はあの人たちの仲間なんだから――――。


 ふと、しぐれの脳裏を一抹の疑念が過った。? 私のラプラスの悪魔は負担になるから、彼からの使用許可は下りていない。彼自身の能力だろうか、それともあの厭らしい悪魔の仕業だろうか。そう考えて、単純な答えに行き着く。あの悪魔の能力は空間転移。そう契約した彼自身が言っていた。なら感知能力は彼のものか。

 

 しぐれは答えを得て安心し、再度山頂へ向けて駆け出す。彼女は気づいていなかった。到底思い至らなかった。


       ◇


「しかし、土壇場であの嬢ちゃんに裏切られるとは。まあ、見世物としては最高だったぜ。お前の慌てた顔なんてそうそう見られるもんじゃない。それで、これからどうすんだ? 一人寂しく山小屋に帰るのかい?」

 金牛宮は衣服に跳ねた泥をこそぎ落としながら、悪魔を仰ぎ見る。

「そうですか、あなたが楽しめたのなら何よりですよ。では、ボクたちも行くとしましょうか」

「何処へだ?」

「決まっているでしょう、センターへ飛びます。御厨翼は何か、まだ仕掛けている気がします。彼は、そうですね、劇団の座長気取りとでも言いましょうか。彼は演出のためなら演目を選ばない。ボクに出来るのは、横合いから彼を妨害することだけです。きっと彼も、ボクとだけはもう二度と相対したくないでしょうから」

 金牛宮が立ち上がるのを待たずして、彼らはセンターの外縁へと降り立っていた。

「やはり便利ですね、空間転移は。さて、次はセンター内の状況を把握します。熾天使、を」

「全く、悪魔遣いが荒いぜ」

 悪魔は呆れたように漏らす。


 雨風が轟々と吹き付ける中、二人の女性がセンターへと辿り着いたのを、彼は確かに見届けた。

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