Ep.21‐4 目覚めの刻Ⅳ

       ◇


 戦いは数瞬の後に終わった。否、それは戦いと呼ぶべきものではなかった。単なる掃除、処理だった。


「終わったよ、葉月。僕が、勝ったんだ」


       ◇         

 

「ふう……。結構な中ボスっぷりを発揮していたけど、幕切れは呆気なかったねえ」

 八代みかげはつまらなさそうに言った。

「それにしても凄いね、周くん! 獅子宮や天秤宮でも倒せなかった悪魔を一撃で倒すなんて!」

 その白々しい賛辞を無視して、僕は負傷した葉月と法条の手当てを再現した『時計仕掛けの少女』で行っていた。

「別に。僕が勝てたのはただ単にの問題だろ」

 そう、単純な論理ロジックだった。十三人目イレギュラーの僕だからこそ突けた、ルールの陥穽。悪魔は悪魔憑きにんげんに攻撃できない。そして、。白羊宮の悪魔が僕に不利を感じていたのは、僕を攻撃できないのは、僕が――――。


「なあんだ、もう気付いてたんだ。つまんないの」

 みかげは不貞腐れたように言った。

「それで? 長い夢から醒めた気分はどうだい、。いや、もうこの呼び方はやめようか……」

 みかげは口許にふっと微笑を浮かべながら、声を落として続けた。

「自らの願いを遂げた思いは、人間になった気分はどうだい? さぞかしいい気分なのだろうね、悪魔ネヴィロス?」


       ❖


 彼女に初めて会った時から、ずっと思っていた。なんて寂しそうに笑う子なんだろう、と。だから彼女の願いを叶えてあげたかった。彼女に笑顔になって欲しかった。なのに――――。彼女は死んでしまった。自分のための願いなど唯の一つも抱くことなく、自分のための戦いなどただの一度も望むことなく、僕の前から、いなくなってしまった――――。


       ❖


「……それは、確かに一考に値する問題ですね。ところでネヴィロスさんには何か願いはないのでしょうか」

「あるにはあるけど……聞いても笑わないでくれよ」

「笑いません」

 僕は意を決して願いを口にする。

「人間に、……たい」

「えっ? 何ですか? よく聞こえませんでした」

 麻里亜は怪訝そうに僕を見た。僕は言い直す。

「一日で良いから、人間になってみたい」

「ぷっ。何ですかそれ。悪魔が人間になりたいだなんて、あはは、おかしい」

 麻里亜は可笑しそうに笑った。僕は不貞腐れて返す。

「笑うなって言っただろ、こっちは真剣なのだけどなあ」


       ❖ 


 私には過去への後悔も未来への渇望も在り得ない。私にはただ、現実いまへの乾いた関心があるだけ。過去にも未来にも一切の期待を持たない徹底した現実主義リアリズム。それが私の本質だった。だから、こんな運命げんじつでも受け入れられてしまえる。こんな最期でも納得してしまえる。そんな私だから、叶えるべき願いなんて最初から無かった。そう、私には。


       ◇


 私には願いなんて何もない。

 だから、

 私の、願いは――あなたの願いを叶えること。     


       ❖       


「麻里亜! 最後に願いを言うんだ! 何だって叶えてやるから! 傷を治してくれでも、一日時間を巻き戻してくれでも、何でもいいから!」

 ああ……。麻里亜が死んでしまう。僕が代わりになってあげられたら……。……。


       ❖


 彼の声が遠く聞こえる。初めて会った時、想定していないことは実現できないって言ったのは彼自身なのに。そんなことも忘れるほど切羽詰まってるなんて。私は可笑しくて笑った。

   

       ◇


 私は人間になったネヴィロスを思い浮かべて可笑しくて笑った。

 彼が私の代わりに戦ってくれるなら、私の物語は終わらない。

    

       ❖            


「麻里亜」

 意識が溶けていく中、彼にぎゅっと抱きしめられて、名前を呼ばれた気がした。だからせめて、何か返さないと。何か。私は少しも悩まずに、まるで初めから最期にはそう言うことが演劇の科白のごとく決まっていたかのように、声を振り絞って言った。

 そう言って、ゆっくりと目を閉じて。私はそっと私の世界を終えた。


      ❖


 三神麻里亜の権能、『わたしを別離さないでネバーエンディング・ストーリー』は、である。因果律さえ上書き、あらゆる願いを叶えられる代償として、術者は自らの命を喪う。


 死の間際においてさえ、一つたりとも自らのための願いを抱かなかった少女は、自らの悪魔の願いを叶えることを望んだ。全力で、命が尽きることも厭わず、。「ネヴィロスの願いを叶えたい」。それが、空っぽの少女の心に宿った、たった一つの願い。


      ❖


「変な期待を抱かないように一応言っておきますが、私は三神麻里亜本人ではありませんよ。。言うなれば、私は麻里亜によって叶えられたあなたの願いを観測するための装置。つまり私も彼女の能力の一部です。彼女の記憶情報を受け継いだ偽物わたしが、彼女の名を便宜上名乗っているだけです」

 彼女と同じ名を名乗った僕の悪魔は、そう冷ややかに告げた。


(私があなたの悪魔、ミカミマリアです)

 そう名乗られた時は耳を疑ったが、どうやら彼女は無名の悪魔を依り代に、麻里亜の身体と記憶を受け継いで創られた架空の悪魔らしい。麻里亜が蘇ったのかと早合点した僕は、少し意気消沈していた。

「そうですね、同じ名前では紛らわしいですから、私のことはマリとでもお呼びください、ネヴィロスさん」

 ネヴィロスさん、そうだ、彼女はさん付けで僕のことを呼んでいた、ひょっとしたら、今の彼女にも――。

「だから違うといったではないですか、私は三神麻里亜という個体情報を持った、全くの別人です。彼女の記憶を受け継いでいると言っても、他人の記憶には違いありませんから。喩えるなら、自分とよく似た人物が主人公の映画を見ているようなものです」 そう、マリヤは告げた。駄目だ、やっぱり、僕は――――。


 麻里亜が今際の際に残してくれた願いのおかげで、僕はこうして虚無宮オフィウクスとしてゲームに参加できている。でも僕は、一体どんな願いを持って、誰のために、何のために戦えばいいんだろう。麻里亜はもう、死んでしまった。もう二度と戻ってこれない場所に行ってしまった。僕が麻里亜に報いるのには、どうすればいいんだろう――――。


 僕は座り込み、泥のように眠った。暫くは、休みたい。僕と彼女のこれからについて、よく考えたいから。彼女が僕に託した願いについて、噛み締めたいから――――。



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