Ep.31-2 神の権能(後編)

 

 神と呼ばれていた少女はいつにない弱弱しさで、緩慢とした動作で、黒衣を脱いでいく。脱いだ、というより、ずり落としたと言った方が正しいか。

 露になったのは、枯れ木のような華奢な裸体だった。手足も臀部も乳房のふくらみもないに等しく、全体的に凹凸のないのっぺりとした、骨と皮だけの身体。あばら骨は浮き出て、彼女を縛る枷のよう。幾度も自傷したのだろうか、手首や太腿には生々しい切傷がそこかしこに浮いている。凍えて蹲る胎児のような、やせ細った少女の裸。頭髪を始めとして、体毛は全て白か銀に染み、千切れた羽毛の名残のようだ。

 譬えるなら、巣から墜落した死にかけの小鳥の雛。

 触れれば壊れてしまいそうな、とすら形容できないほどに、痛々しいまでに、疑いようのないほどに、八代みかげは弱っていた。 


「ああ……。そういうことだったのね。とかとかって。言葉だけが唐突で、偉く抽象的だったし。神様からも悪魔からも、いつまでも説明がないから、どういうことなのかって思えば……。要するに」

 葉月はとどめを刺すように、その真実を晒す。

「あなた、もうすぐ死ぬのね」

 

「ああ、だから君たちも死ぬよ」

 


「さあどうする、悪魔憑き諸君。とうとう後がなくなってきたぜ。最後の一人まで殺し合い誰か一人がボクの跡を継ぐか。《世界》もろとも滅び去るか。もっとも後者の場合――全世界七十億の命もなげうつことになるけどね」


 さあどうする。

 進んでも地獄。戻ることすら許されない。

 君たちは《誰か》のためにその身を擲てるか――?


 突き付けられた真相の重みは、楔のように彼ら彼女らの心の奥深くに突き刺さっていた。あれが、未来の姿。あの惨状こそがゲームに勝ち残った末の姿。 

 長い間、誰もが、言葉を喪っていた。ただ悄然と立ち竦み、目配せを交わしっては俯き、何かを言い掛けては口を噤んでいた。その繰り返しだった。


「みかげ。君は要するに世界の意志だ。それがどんな《》であれ、君は立派だ。素晴らしい。一人の人間として、君の一部分として、僕は君を誇りに思うよ」

 不遜かもしれないけどね、と連城は小さく笑う。

「僕にもやり直したい過去は数えきれないほどある。抱えきれないほどにね。ああ。この僕にだってあるんだとも。だけれどね、全てはもう終わったことなんだ。世界は、変わらなかった。変わらなかったんだよ」

 誰に言い聞かせるまでもなく連城はそう口にし、ふっと寂しげに視線を落とす。

「神様になれば、という解釈でいいのかい? と、そういう解釈でいいわけかい?」

「ああ。だが。。そういう解釈で良いんだよ、探偵くん」


「最後に一つ……聞いてもいい?」

 口を開いたのは本来なら空席だったはずの虚無。

「なんだい。十三番目のイレギュラーくん」

 三神麻里亜の願いが産みだした、一掴みの不確定要素。 

?」

 嘗て同じゲームを戦い、そして「彼女」の本性にも辿り着いている青年は、今一度疑問を投げかける。

「思えば、君には随分と掻き乱されたね。きっとゲームが面白くなると、ボクの判断で色々と勝手を許していたのだけれど……ふふ。今思えば失敗だったかもしれないな。忌々しい三神麻里亜。聖母にでもなったつもりなのかな。よりにもよって、こんな置き土産を残してくれるとはね」

「……質問に答えてほしい」

 真摯に。かつて同じ世界で同じゲームを戦った《同胞》に対して、答えを求める。

「ああ。その答えはだよ」

 みかげはそう返答し、

「さあ。今度こそ閉幕カーテンフォールだ。それでは……生き残り諸君。せいぜい最後まで、


 暗転。


 思えば。

 このときからは、既に自分の辿る宿命が見えていたのかもしれない。


 そして、抗いようもなく、この日から、

 ゲーム終了まで残り十日を切った八月十六日から、

 最終楽章クライマックスへの序曲は始まっていたのだった。

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