三十一節 「半分」

Ep.31-1 神の権能(前編)

「さて、まずは本題に入る前に」

 八代みかげは言葉を切り、集まった六人をぐるりと見回した。

 

 


宝瓶宮アクアリウス

 金牛宮タウラス

 獅子宮レオ

 処女宮ウィルゴ

 魔羯宮カプリコーン

 そして、虚無宮オフィウクス


 張り詰めた空気の中、八代みかげの声は宮殿中に響き渡る。耳を塞いでも心を閉ざしても、彼女の言葉から逃れる術などないことは、

 その場にいる彼ら彼女らが一番よく解っている。


「神、神、神……。皆簡単に言うけどさぁ、その定義についてじっくり考えてみたことはある? 救済者、至高者、はたまた造物主……。色々呼び名はあれど、当事者であるボクからすればこれが一番しっくりくるかな」

 即ち、

  

、とでも言うつもりですか、あなたは」

 忌々しげに口にするのは、少年。片桐藍も御厨翼も舞台から降りた今、そう表されるのは彼しかいない。

「実力隠してる無口キャラは止めたのかい? 金牛宮」

 皮肉めいた口調で返すみかげは、いつかの御厨少年のように舌打つ金牛宮を何処か懐かしそうに眺めた後、また視点を戻した。


「ねえ、悪魔憑き諸君。こんな経験はないかい? 快晴の予報にも関わらず土砂降ってきた、が、折り畳み傘がリュックの底に入っていた。ほんの気紛れで普段は行かないお店に入った、が、そこで知己と再会した。テストで難しい問題が出た、が、寝る前に目を通していた問題とそっくりそのままの問題だった。予期も予想も予測も不可能な、偶然。偶然と言うにはあまりにも都合良すぎた、偶然。誰かが、意図的にそう調整しているとしか思えない、。誰かが紡いでいるんだよ。ボクや君たちよりも上位の誰かが、ね」

 ……沈黙。誰しもが、みかげの言葉の真に意味するところを考えていた。

「それが、あなただと言うんですか……? 私たちの行動も思考も、全てがあなたの掌の上、如何なる誤配も生じないと?」

 操は小首をかしげ、疑問する。

「まさか。そんな訳がないだろう。なら何故、君は今、そういう「疑問」を持ったんだい? 全てをボクが操っているのならば、そもそもの話、そんな疑念すら湧いてこないハズだろう?」

「ははぁ……。ですか」

 納得がいったように、操は口の端に笑みを浮かべた。

「……どういうこと。私には全然分からないけど」

 くぐもった声で不服そうに発言するのは、朱鷺山しぐれ。

 彼女に呼応するように、連城恭助が口を開く。

「譬えるならばそう……『作者』だよ。あらゆる物語には作者がいる。作者がいなければ物語は成立し得ないし、その逆もしかりだ。そうだ、理解がしやすいから、ミステリー小説でも引き合いに出して譬えようか。つまり、黒幕の問題さ。犯人は犯人だけれど、その犯人を操った、犯行に駆り立てたものは? 個人の愛憎なら話は簡単だ。だが、大々的な社会問題や組織犯罪、もっと敷衍して、国家間の戦争だったら? セカイ、そのものだったら? それこそ、日本国民全員、いや、、とでも言うほかなくなるだろう? 彼女が言っているのはだよ、赤毛のお嬢さん」

 しぐれは顔を覆い隠すが、宇宙センターでの接敵時、とっくに面は割れている。

「じゃあ、つまり……」


 ああ。そうだよ。

 だから、こんなことも出来る。

 途端、しぐれの腕の関節があらぬ方向へと捻じれ、ばきり、と壊れた歯車のように落ちた。悲鳴を上げる間もなく、元に戻る。

 

「何処かの哲学者のように、と自称するのは烏滸がましいかな。今君たちの前にいるのは、全人類の意識が流れ着く場所。言うなれば、だよ、世界のね。世界と一体化し、世界の意志と融合した存在。それが。ボク……いや、君たちの行き着く先だ」


「そんなの……もう、どうしようもないじゃない。要するに、体のいい人柱でしょう、それって。何が神よ。全能よ。結局あなたも、世界の駒なんじゃない」

 獅子宮、如月葉月は呆れたように、嘲弄するかのように、神と名乗ってきたみかげを、黒衣の少女を見る。


 。仮に全能者が存在するとすれば、全能者は『』『』『』といった、本来「この世界には存在し得ないもの」を想像し、創造できることになる。だがそう言った『想像し得ないもの』『創造出来ないもの』『本来どうやっても実在しないもの』を作れるのならば、全能の定義は何処にあるのか。

《誰にも持ち上げられない石》《誰にも読めない本》《決して触れられない物体》……。そんなものを造れたとして、一体誰が、何処の誰が、《~ない》ことを観測するのか。観測したとして、どうするというのか。


 結局は、全てが……

 

「ああ、その通りだよ。結局ね、のさ、この役は。万能であっても、全能ではないのだから。寧ろ、。万能は万能であり、全能足り得ないががゆえに、艱難辛苦し、右往左往しながら脚本を書いているのさ。

 そして、ボクはもうんだ」

 

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