Ep.52-2 探していた場所

 僕の中にいる麻里亜の存在に気がついたのは、いつからだったろうか。そして僕の持ち得た権能と彼女のいる意味に気が付いたのは。

 この切り札とも、最後の手段とも言えるものに気が付いたのは、いつからだったろうか。


 恐らくは……気付かない方が良かったのだろう。


「八代みかげを救うために……僕に権能を使えと?」

 僕はあえて威圧的に、少なからず憎しみを抱いている相手へと告げた。ここに来て、裏切りのような形で対立するとは思わなかった。葉月の弟は、彼女以上に良くも悪くも曲者だ。


「お願いします。しぐれさんを解き放つには、救うには、それしかない」


 彼女の中に、僕がいるのか。

 僕の中に、彼女がいるのか。

 あるいは僕のなかにある彼女の残滓と、この世界にいる彼女が共鳴しあっているのか。

 真相がどの場所にあるのかは分からない。けれど、本当にこの場で使っていいのかが、未だに判断がつかない。もっと別に使うときがあったのではないかと、相応しい場所はここではないのではないかと、忸怩たる思いが胸の深奥から流れ出してくる。


「いいのかい? 敵のために使って? この街には、この世界には、葉月だって、法条だって、麻里亜だっているかもしれない。僕は場合によっては、彼女たちを救うことを優先させるかもしれない。僕がしぐれを救わなければならない理由は、どこにもないはずだけどな」


 意地悪く、僕は言う。「彼女」に幻滅されようと、これは割り切って良い問題ではない。


「さっきから……お前たちは何を話している? 私が……」


「あなたと戦う気は、最初からありませんでした。少なくとも、ボクにとってはね」

 悲しげにつぶやいて、皐月は朱鷺山しぐれの前へと立った。

 呆気にとられるほかなかった。

 真正面から、何の衒いもなく。

 皐月はしぐれを強く抱きしめた。


「な、何をする……。離せ!」

「いいえ、離しません。あなたが願いを口にするまでは」

呆然としていたが、しぐれはいつの間にか皐月の胸に縋りついていた。


「もっと早く気付くべきでしたよ。あなた、寂しいだけでしょう? 自分で作った駒を並べて、その中に混じってずっと孤独に遊んでた。悲しい一人遊びですよ。でもね、ボクたちは違う。ボクたちは駒じゃない。あなたの思い通りに動く人形ではないんです。だから、こうしてあなたの気持ちを受け止めることができる」


「なんで、なんで……ボクは……私は……」

 頬を伝う涙は、流水のように止めどなく流れ落ち、地面に落ちていった。

「あなたは誰にも関われなかった。超常的な位置を得て、気取っていただけ、だった。もういいんですよ、しぐれさん……。もう強がらなくていいんです。これで終わりにしましょう」


 凡そ、ラスボス戦とは思えない絵面だった……。

 僕は何を妙に冷静になっているのだろうか……。  

 疑問は尽きない。

 どう声を掛ければいいのだろうか。

 果たして僕に彼女を救うなんて大役が務まるのだろうか。

 僕の権能で、自分の中にいる彼女の権能を模倣するなんて芸当が、果たして可能なのだろうか。

 そんな、奇跡にも近いものを、望んでも良いのだろうか。今ここで、この時間で、この世界で。

 夕陽は傾きかけ、世界を淡く包み込んでいる、黄昏の空を蝙蝠が飛んでいる。地平線の向こうには隣町が見え、雲は絶え間なくその形を変えていく。

 これで、いいんですよ————

 麻里亜が喋っている。

 憑依しているかのように、僕の中で喋っている。言葉が形となって、世界に伝わる。


 これで本当に今度こそ、彼女の残り香は跡形もなく消えてしまうというのに。 

 恐ろしく、冷静な気分だった。

 そうして僕と僕の中の彼女は一体化する。

 こんな目線で、彼女は世界を観ていたのか。


 麻里亜は深く息を吸い込み、目の前の可哀そうな少女を見つめた。

 救うために、報いるために、呼びかける。 

「八代みかげさん」

 真正面から問う。

「あなたの願いは、何ですか?」


 

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