Ep.6‐3 運命の夜Ⅵ
◇
『いいですか、私が一瞬でも霧崎道流に触れたらすぐに転移を行ってください、ビルの外へと』
『そんな無茶な。ここ何階だと思ってるの? 言っておくけど悪魔は戦いに能力なしに直接干渉することはできないから、綱を掴み損ねたら霧崎もろとも地上へと真っ逆さまだよ?』
『解ってます。まあでも、失敗しても先輩は道ずれですから』
『うわ。今の君、悪魔よりも悪魔的だよ?』
◇
私は生きるんだ。もう以前の死んだような生活とは違う。彼と出会ってからの四日間は、本当に新鮮な日々だった。それは今までの毎日が退屈だったからではなく、寧ろ満ち足りていたから。与えられた数少ないものを、淡々と抱えていくだけの日々。それは満ち足りてはいたけれど、永久に変わることのない、進歩の可能性を棄てた日常だ。
「三神、麻里亜ッ!」
奈落へと落ちていく霧崎が怨嗟の声を上げる。
私はあの人とは違う。自分が足りないのを他人のせいにして、自分の人生を蝕むあの人とは違う。私には少ないけれど友達だっている。ひょっとしたら恋人だって出来るかもしれない。結花ちゃんや連城さん、真琴さん、私を取り巻くすべてのモノ。私は気付いていなかった。それらの持つ意味を。温かさを。尊さを。ただ、自分が不幸だと決めつけて、自分だけの世界に閉じ籠っているのは楽だけど。私はもう、周りの人たちの優しさに触れたから。私はもう、一人じゃないから。
「絶対あんたなんかに殺されてやるもんかっ! ここで堕ちろ! 殺人鬼!」
だから私は、目いっぱい叫んだ。全く新しい、未来を生きるために。
そして目の前のロープを、希望をしっかりと両手で掴んだ。
◇
「ふう、どうなることかと思いきや……上手くいって良かったよ」
彼は溜息をついて言った。
「私は成功するって信じてましたよ」
「へえ、その自信はどこから?」
「私、物理は五ですから」
「物理関係あるのかなあこれ」
彼は呆れるように言った。といっても、霧崎道流が一体どれほどの重力加速度を受け地面に激突したかは私も計算したくはなかった。
「ありがとうネヴィロス。勝てたのはあなたの能力のおかげ」
「どういたしまして。最も、こんな形で使ったのは今回が初めてだけどね。全く冷や冷やさせてくれるよ」
ネヴィロスはそう言って、霧崎の悪魔――アスタロトに声を掛けた。
「いやあ残念でしたね、まさか先輩が真っ先に敗退とは。まあ僕の契約者があまりに
「なに、彼女が面白かったからですよ。それ以上の理由はありません」
「そうですか、僕にはまるで分かりません」
私はネヴィロスの手を引いて出口へと向かった。もうこの空間には居たくなかった。
「なに、すぐにわかりますよ。そう、すぐにね。ああ。お嬢さん、前に気を付けた方が良い」
私は後ろを振り向いて呆れて言った。
「何それ、くだr」
いや、言おうとして、自分の胸から何か無機質な銀色のものが生えているのに気付いた。何これ。声にならない。声を出せない。私の胸に突き刺さっているもの――それは紛れもなく霧崎道流のナイフであり、それを振るったのは先ほど奈落の底へと消えた筈の――霧崎道流その人だった。
◆
思えば、不思議だった。
何故私は柄にもなく躍起になって勝機の薄い勝負に勝とうとしたのだろう。別に殺されても良かったのではないか?
思えば、不自然だった。
悪魔の予知の力を借りたとはいえ、何故霧崎道流はこんなにも早くこの場所へ辿り着けたのだろう。私たちがここに転移してから数分と経っていなかったのに。
思えば、不条理だった。
折角何かを掴めたと思って、新たな幕開けへと希望を見出していたのに、その芽をこうもあっさりと摘まれるなんて。ああ、でも……これこそが、私の揺るがない
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