十八節 「混沌」
Ep.18-1 侵食する影
明朝、僕たちは再び法条の事務所に戻ってきていた。刻々と変化する状況を把握するのが精一杯なのか、頭の回転は鈍い。法条は未だに帰っておらず、しぐれはソファーで眠り続けている。
葉月の命を受けて
結論から言うなら、あの悪魔は僕たちの前から再度逃走した。理由はわからない。ただ単に二対一の状況を不利と感じたのかもしれないし、あるいは電灯が灯された空間で戦うのは「影を操る」能力的には都合が悪かったからなのかもしれない。いずれにせよ、相手に僕の存在が露見した時点で、奴はホテルの壁を破って撤退した。
「魔力感知の効く半径二キロ内から追跡してたけどな、あいつの移動速度は並みじゃなかった。まず間違いなく、街中で戦うのは圧倒的に不利だ。勝負をつけるとしたら、奴が動けない昼間か夕方だな」
ベリアルの戦況分析は的確だった。高層ビルが乱立し、夜間でも灯りが少ない駅前。郊外の森奥の神社周辺は折り重なる木々によって余すことなく地面は翳っている。この街は奴にとって格好の戦闘フィールドだった。
「それで、あいつの根城は突き止められたの?」
葉月が問う。
「ああ。
「そんな……」
葉月が落胆を見せる。それに追い討ちを掛けるようにベリアルは残酷な事実を告げた。
「これは惨すぎて俺でも吐き気がしたがな、奴は人間を生きたまま影に取り込んで
「どうしたら……いいのかな」
「現状ではあまりに戦力不足だ。今のところは様子を見るしかないな」
「そんなの駄目! 一刻も早くあの悪魔を倒さないと……」
「無理だ。いいか葉月、このゲームは生存戦なんだ。名も知らぬ人間たちのために
ベリアルに諭され、押し黙る葉月。それを見かねて僕は口を挟む。
「誰かもう一人か二人……仲間が必要だと思う。また逃げられないように、きっちりと包囲網を固めなきゃ」
「そうだな……地上からの侵入が無理なら、空を飛べる能力者でもどこかにいればいいが……」
ベリアルは思案していた。僕は思い出す。三日前の自然公園での戦いのことを。そうだ、確かに僕は見た。幼い女の子が
「空を飛べる能力者……いるじゃないか! 名前は解らないけど……桜杜自然公園に来ていた絵本から動物を召喚する女の子、あの子に協力を打診するというのはどうだろう」
僕は葉月とベリアルに同意を求めたが、反応は
「この広い市内からどうやって探す? 魔力感知を使って探り出そうにも、夜中街を出歩けば奴に狙われかねないぞ」
「それに法条さんとしぐれちゃんのこともあるし、これ以上危険を冒すのは……」
葉月はいつになく自信がなさそうだった。二人に黙って単独行動をした上、危うく返り討ちになりそうになったことを反省しているのかもしれない。
「でも、あの子の能力なら影の干渉を受けずに畔上通信の本社ビルに突入できる。これは千載一遇のチャンスだよ。彼女が脱落でもしたら、今度こそ打つ手がなくなる。なるべく早く彼女の居場所を突き止めて、協力を要請しないと」
「でも、どうやって……」
葉月が憔悴しながら僕を見るのと、その声が事務所に響いたのは同時だった。
「安心しろ。
法条暁は普段と変わらない声音で、僕たちにそう告げた。
「法条さん! 大丈夫でしたか、妹さんの容態は?」
「ああ、大丈夫だ」
法条はそう言って少し目を背けた。嘘だな――――僕は確信する。僕にはあれほど真実を強要した癖に、と僕は改めて法条暁への不信を強くした。
「よかった……。それで、双魚宮と会ったっていうのは?」
「本当に偶然だ。彼女は妹と同じ病院に入院していた。不幸中の幸いだな。きっと今夜も会うだろう」
「あの……良かったらなんですけど、あたしたちも行っちゃ駄目でしょうか?」
「別に構わないが……双魚宮は危険な状態だ。くれぐれも対応は慎重にな」
「はい、わかりました」
これでひとまずは白羊宮の悪魔への突破口が見えたことになる。僕はひとまず安心した。
「あの……法条さん。これは本当に反省しているのですけれど……」
そう言って葉月は、先ほどのホテルでの戦いの
「なるほど……よくやってくれた。あの悪魔の居所、そして成瀬の能力が判明したのは大きいな。だが同盟を組む者として一つ忠告だ。今回は色々と立て込んでいたから致し方ない事といえ、これからは独断専行だけはするな。必ず報告・連絡・相談だ。解ったな?」
「「はい」」
僕と葉月は同時に応える。
「そうだな……私にもひとつ、頼れる宛てがある。奇矯な人だが、恐らくは力になってくれるはずだ」
「どんな人なんですか?」
葉月が問う。
「ああ……言葉にするのも恐ろしいがな。自信過剰かつ自意識過剰、誰よりも自由奔放、そして……」
「そして?」
「自称名探偵だ」
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