Ep.4‐3 細やかな予兆

       ◇    


 平和な日だった。取り立てて変わったことと言えば、三年間無遅刻無欠席の皆勤だった生徒会長きりさきみちるが学校を休んでいたことくらいだ。一部の女子の間では落胆の声が上がっている。今日は二十六日。あと三日も立てば、麻里亜は戦いに身を投じることになり、いつ死んでもおかしくなくなる。だからせめて、最後の日々だけは大切に過ごしたかった。そう思っていたのだけれど――。

 いつもの帰り道、きっかけは些細なことだった。

「今度の土曜日ね、男の人とデートするの」

 瞬間、結花の顔がかげったのを麻里亜は見逃さなかった。

「それは、やめときなよ」

「え? どうして? いい人だよ」

 結花は他校の男子生徒と一年ほど前から付き合っている。その経験の豊富さを見込んでアドバイスでも貰おうと画策していた麻里亜は不意を突かれた。一体どうしたのだろう?

「男なんてどうしようもない生き物だよ。特に私たちくらいの年頃の男は皆そう。自分のことしか考えてなくて、粗野そやで馬鹿で、本当にどうしようもないから。麻里亜ちゃんにはまだ早いと思うな」 

 結花は俯いて言った。

「……何か、あったの?」

「別に。麻里亜ちゃんには関係ないことだよ。でもこれだけは忠告しとくよ。今の麻里亜ちゃん、自分に恋してない?」

「え?」

「『恋する自分』に恋してない? 『恋愛している自分』が可愛いとか思ってないよね?」

 麻里亜は友人のおかしな様子をいぶかりながらも、精一杯の反駁はんぱくを試みる。

「思ってないよ、だって本当に良い人で……」

「違うよ、だからそう言って『自分』が見えてないの。もし雰囲気に流されるまま付き合ったら絶対後悔するよ」

「どうしたの? 今日の結花ちゃんちょっと変だよ、もしかしてつばさくんと何かあったの?」

 翼というのが結花の彼氏の名前だった。麻里亜は結花に紹介されて一度あったことがある。勉強は出来そうだったが、どこか暗い所のある面立ちを麻里亜はよく覚えていた。

「だからあなたには関係ないって言っているでしょう! 余計な詮索しないでよ。大体麻里亜ちゃん、男の子と付き合ったことないし、わたしの気持ちなんて解らないでしょう?」

 結花は嘲笑あざわらうように言った。その瞳は僅かに潤みを含んでいた。

 麻里亜は少したじろいだが、勇気を出して踏み込んだ。

「するよ。だって私は結花ちゃんの友達だから。結花ちゃんが心配だから。困ったことがあるなら相談してよ。話さなくちゃ何も始まらないよ、ね?」

 彼女は結花の顔を覗き込んで優しく言った。

「……あなたって、いつもそうだよね。自分の心の中には頑なに立ち入らせないくせに、相手の心の中には偽善者面でずかずか踏み込んでくる。本当いい迷惑だから。……麻里亜ちゃんのそういうトコ、ずっと前から嫌いだったよ」

 そう言って結花は小走りで去って言った。彼女の頭の中が真っ白になった。

「なんで、そんなこと言うの……」

 気付けば麻里亜の瞳からは一筋の涙が落ちていた。

 彼女が泣いたのは、家族が死んだとき以来だった。


       ◇                 


 家に帰って、彼女はやたらと面倒見のいい悪魔に相談することにした。

「何が悪かったのでしょう、どうして結花ちゃんは昨日私に辛く当たったのでしょう」

「大方ヒステリーというやつじゃないのかな、僕はやはり女の子は苦手だよ。大人しそうな子でもあんな一面を秘めているなんてつくづく女心というものは理解不能だ。気に病むことはない、君の対応は間違ってなんかない」

「ありがとうございます、ネヴィロスさん」

「恋人に二股でも掛けられていたのかな、気の毒に。ほとぼりが冷めるのを待つしかないね」

「それじゃあ駄目です。もう明後日からはゲームが始まるのでしょう? 私は最後に結花ちゃんと仲直りしてお別れを告げて、万全の状態でゲームに臨みたいのです」

「いつになく気合が入っているね。君は死ぬつもりかい? 大丈夫だよ、僕の見立てでは君が発現する権能は破格のものだ。恐らくゲームに優勝するのは君と、この僕だよ」

「買い被りですよ。私には叶えたい願いすら見当たらないのですから。それとネヴィロスさんはあまり強そうに見えないのですけど……」

「割と辛辣だね、君は。聞いて驚くなよ。僕の階位は主天使ドミニオンズ。悪魔の位階で言うと四番目に強いのだから」

「……あまりよく実感が湧かないのですが、四番というのは強いのでしょうか」

「なるほど。折角だから足りてない君に悪魔の知識を少し伝授してあげよう」

 ネヴィロスは偉そうに言った。この悪魔、割と見栄っ張りだなと麻里亜は苦笑した。

「いいかい。悪魔の位階は大きく三つに分けられる。第一階級、第二階級、第三階級。そのまんまだね。無論数字が小さいほど強力だ。僕のクラス、主天使は第二階級の一番上となる」

、なのですね」

 麻里亜は意地悪く言った。彼女は割と人を揶揄って遊ぶ癖があった。勿論悪意はない。

「……それは置いといて。階級の中にも更に細分化されたクラスがある。第一階級から順に、熾天使セラフィム智天使ケルビム座天使スロウンズ。第二階級、主天使ドミニオンズ力天使ヴァーチャーズ能天使パワーズ。第三階級、権天使プリンシパリティーズ大天使アークエンジェルズ天使エンジェルズといった具合だ。この九つの位階に当て嵌まらない特殊な悪魔もいるらしいが、ここでは割愛するよ。僕の位階は主天使と言っただろう?」

「ええ。二級の主天使ですね」

「うん。意外と君って意地悪いよね。まあ説明を続けるよ。このうち、上位三柱は一見強力に見えるだろう? でも僕から言わせれば、あいつらは余りにも残酷だ。いかに契約した人間を破滅させ苦しませ、その様子を特等席で楽しむかに考えが終始している。契約者に勝たせようなんて端から思ってもいないのさ。だから序盤は戦闘を極力避けながら潰し合いに期待して、力の弱い下位三柱を狙おう」

「苛めっ子でも苛められっ子でもない臆病な人の世相術のような発想ですね」

「勝つためには手段は選ばないのさ。後は悪魔憑きの方にも位階があるらしいのだけど、そっちは生憎と僕の管轄外だ。神様にでも聞いてくれ」

「また神様ですか、私は神の座にも、戦いにも興味はないのですけどね」



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