Ep.4‐4 黄昏の街

 麻里亜のネヴィロスとの生活は意外なほどつつがなく進む。悪魔に憑かれているからといって何が変わるわけでもなく、時間は淡々と過ぎる。

 その間に悪魔ネヴィロスは、麻里亜に悪魔に関する様々な博物知識を伝授していた。悪魔の種別や位階といった知識だけでなく、悪魔の生態、趣味嗜好、中世悪魔学の発展の歴史についてまで。

「結構物知りですね、ネヴィロスさん。悪魔って皆こうなのですか?」

「いいや、これは僕の専売特許さ。なんせ僕は六悪魔が一角、博物知識に秀でた元帥ネヴィロスなのだから」

 悪魔はにやりと笑って続けた。

「では続けよう。悪魔との契約を強化する方法は大きく分けて三つ。何だと思う?」

「定番ですが霊魂を捧げるとかでしょうか。まあ私は霊魂なんて信じませんけど。後は生贄を用意するとか」

「二つとも正解。あと一つはね……」

 麻里亜は嫌な予感がした。悪魔は愉快ゆかいそうに言った。

「悪魔との性行為。ただしこれは童貞処女じゅんけつに限るけどね」

「そんな胡散臭い条件には乗りません。どうせ契約を強化なんてしたら碌なことにならないのでしょう?」

「まあね。強力な権能を行使出来たり、悪魔と感覚を共有したりとか色々と応用できるらしいが、代わりに様々なものを喪うらしい。ああ、ここからはオフレコだけど、悪魔に自分の身体を乗っ取られたなんて事例もあるらしい」

「そこまでして勝ちたいとは思いません。それに、私がゲームに参加するのは私のためではないです。私の周りの人のためです。周りの人にゲームによる危害が加わらないよう、私は全力を尽くします」

「それで大丈夫なのかねえ……

 悪魔は不安げに呟いた。

 

 そうして、の前日、七月二十七日がやってきた。麻里亜はテスト休みと称された貴重な休日を持て余していた。期限まで時間もないというのに、とうとう麻里亜は自分の中に願いの一欠片も見つけられないでいた。

「明日はアマギとかいう男との逢引の日だろう? いっそ『彼が私を好いてくれますように』とか『彼が帰り際に告白してきますように』とか願ってみるのはどうだい? 在り得ないことではないだろうし」

「それだけは絶対に承服できません。人の感情をもてあそぶなんて最低な発想ですよ」

「君、絶対彼のこと好きだろう? 願いの正しい使い方だと僕は思うけどなあ」

「兎に角、そんな方法では駄目です。自分にとっても相手にとっても、納得できる形を選ぶのが恋愛でしょう」

「よく言う。それじゃああれだ、『ユカちゃんと仲直りできますように』っていうのはどうだい? あまりに幼稚な発想だけれど、今の君には大切な問題だろう?」

「……それは、確かに一考に値する問題ですね。ところでネヴィロスさんには何か願いはないのでしょうか」

「あるにはあるけど……聞いても笑わないでくれよ」

「笑いません」 

 麻里亜は彼の真剣な様子に少したじろぐ。

「人間に、……たい」

「えっ? 何ですか? よく聞こえませんでした」

 悪魔ははっと気付いたように面を上げて、告げた。

「一日で良いから、人間になってみたい」 

「ぷっ。何ですかそれ。悪魔が人間になりたいだなんて、あはは、おかしい」

 麻里亜はこらえきれず笑い出した。

「笑うなって言っただろ、こっちは真剣なのだけどなあ」

「人間になって何をしたいのですか」

「そりゃあ普通に食事したり寝たり遊んだりとかだよ。悪魔には食事も睡眠も必要ないし、もっと言うと夜の間しか活動できないからね」

 そう言ってぐったり横になった。本当に気怠けだるそうだ。

「へえ、悪魔も色々と大変ですねえ」


 麻里亜は出かける支度を始めた。

「こんな夕方に何処へ行くのかな?」

「本当に女心が分かっていないですね。明日はデートですよ。私もそれ相応のおめかしくらいします」

「分かった。じゃあ僕は留守番でもしておくよ」

 彼女は黄昏たそがれへと近付こうとしている街へと向かった。


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