Ep.47-2 舞台は廻る、そして
◆
「あんなものに、勝てるわけがない」
自分とどこか似ている彼女が過ごした日々を辿るうちに、私はそう結論付けた。肉体を奪われる苦痛も屈辱も何処か遠くへ置き去られ、文字通り為す術がなかった。抵抗する気迫も体力も残されてはいなかった。
私、解るんです。
きっと彼女は、
私のように自分の弱さを誤魔化そうとしかなった私。
私より少しだけ、ほんのちょっとだけ、強かった私。
自分の弱さから逃げずに、真正面から向き合って、向き合おうとして、それで完膚なきまでに壊れた私。
私、無理なことはどう足掻いても無理だって思うんです。
成功した人を指差して、努力だとか才能だとか讃美しますけど、それって結局、後付けの理屈でしょう?
だって無理ですよ。人ってそう簡単には変われないし変わらないですよ。
暗い人は一生暗いまま。
醜い人は一生醜いまま。
弱者は一生弱いままなんです。だって弱者なんだもの。
たとえば自分の生まれ育った街が嫌で都会に出たとして、それで初めの現象は変わりますか? 都会の華やかな暮らしへの劣等感が弱まりますか? 醜い容姿の人が劣等感から整形手術に手を出したとして、その精神性やこれまで自分が築き上げてきた内面の魅力、そんなものに何か、決定的な変化が訪れますか?
生まれ持った容姿、その人本来の能力、人付き合いの仕方、自己肯定感の度合い、そんなものが置かれた環境の変化や、ましてや努力なんて生易しい言葉で解決できるわけないんです。解決できてしまったのならおかしい。
少なくとも私は、できなかった。
いくら努力しても駄目だった。恵まれた環境に居ても、その利点をまるで活かせなかった。凡庸どころか人並み以下です。こんなんでも生きていていいというのだからお笑い草です。
駄目な自分が好きなのだからそれでいいじゃないとも言われました。今が嫌なら変える努力をしろとも言われました。普通に無理でした。そんな借物の自己啓発みたいな話で私ほどの人間が救われるわけがありませんでした。
悲劇のヒロイン気取り? 自分の事を何か特別だと思っている? 理想が高すぎる夢を見るな? なんとでも仰ってください。それでも私がダメ人間という事実は微塵も揺るぎませんから。
私はどうすればいいのでしょう。もう何もわかりません。ただ、ただ、この惨め棒きれのような身体で死を待つことしか出来ません。やはり、私に備わった魅力は、唯一の武器らしきものは、あの若い女としての身体ぐらいのものだったのでしょう。今となってはそれも叶いませんが。
舞台の闇の中で蹲ってもう長い間意識を閉ざしています。世界はとうに終わってしまっています。もう一人の私の役に立つのなら消えてしまっても良いか、このままここで何一つ成し遂げることもなく終わって良いかとさえも思っています。だって世界にはもう私一人だけ。その私が何をしようと文句を言う人なんて誰もいませんもの。
布でも被って、もうずっと外界と遮断された暗黒の世界で、自分一人の世界で生きていきたい。とはいっても寿命はもう残ってやしないだろうけれど、それで構わない。最後くらいは、最後の最後くらいは誰にも縋りつかず、援けを求めることもなく、これまでの人生を逆に肯定するように、このまま暗闇の中に溶けてしまいたい。
だけれど、それさえも私には許されませんでした。舞台袖から、二人の男が飛び出してきます。私を庇うようにも、私に助けを求めているようにも見えました。まるで安っぽい演劇のワンシーンみたいな感じでした。
幕が上がった舞台の上で、私によく似た少女は語ります。
もうこの世界は終わったのだと。これから私は権能を用いて過去に戻り、再び狂気のゲームを開催するのだと。私には難しくてよく分かりませんでしたが、まだ続きはあるみたいです。良かった。全てが終わるわけではないんですね。
少女は言いたいことだけを言ってしまうと、何処かへすうっと靄のように消えていきました。きっと「過去の世界」とやらに飛んで行ってしまったのでしょう。
見上げると、ホールの床や天井のところどころには亀裂が走り、ひび割れたタイルは何か模様を描くように広がっていきます。観客席も、出入口も、非常用の電灯も、窓ガラスも、何もかもが一瞬にして壊れゆく瀬戸物のような儚さを湛えていました。
それで、もう、何もかもが終わるのだと、安堵に浸りかけたそのとき、
ある一つのアイデアが、電撃のように私の頭の中を走り抜けました。
何らの前触れもなく、ひょっとしたら本当の神託というのはそういうものなのかもしれないけれど、
私は、何故か、そのために、この瞬間のためにこそ、私は生きてきたのではないかと思いました。
最後くらいは、私も、誰かのために……
「しぐれさん、大丈夫ですか」
とっくの昔から、大丈夫じゃない。でも、そんな私だからこそ、これは思いつけたアイデア。世界も自分も蔑ろにして、どうでもいい自己のために、更にどうでも良い他者を踏みつけてきた私だからこそできる、彼女へ対する何よりもの
「……何言ってるの。とっくの昔から、大丈夫じゃないよ」
八代みかげの身体を譲り受けたからか、自然と語気は強くなった。
「ねえ、聞くだけ聞いてよ。ひょっとしたらまだ、私たち、助かるかもしれないよ」
久しぶりだから、上手く笑顔が創れているかだけが、不安だった。
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