Ep.15-3 遠い夢路

 舞い落ちる木の葉のように、あるいは螺旋を描きながら回転する床屋の標識のように、表と裏が入り混じった僕の意識は底へと引きずり込まれていった。


『君はね、だよ』

 八代やつしろみかげの声がよみがえる。三人が死んだから、僕は戦うことになった。いや、僕が参加したから、代わりに三人が死んだ? 一体どちらが正しいのだろう。僕の意識の破片は相克そうこくしあいながら、次第にひとつの場面を形作っていく。

 独りの少女は、これまた独りの青年と出逢い、彼女は次第に変わっていく。青年と恋に落ち、死人のようだった彼女は次第に生を取り戻していった。だけど彼らの仲はある日突然に悪い魔法使いによって裂かれてしまう。青年と会えなくなったのをうれいた少女は、遂に禁忌きんきを破って悪魔と契約し自身も魔女になってしまう。そして彼女は復讐を果たしたものの、世界に邪悪をばら撒き始める。飽くことない悪の再生産。とうとう彼女は、かつて恋人だった青年自身によって倒されてしまう。何処にでもある、誰もが一度は聞いたことがあるような、甘やかで残酷な御伽噺おとぎばなし。ああ、これは一体、何なんだ? 僕は、何を見せられているんだ?

 このお話で一番悪かったのは誰なんだろう? そもそもの発端を作った魔法使いか? 悪に手を染めた少女か? 最後の残酷なオチを担った青年か?

 該当がいとう


 意識はさらに深部へと堕ちていった。

 僕は、何故生まれた? 何のために生きている? そんな考えても仕方ない、いくら考えても答えが出ない問が、ぐるぐると頭の中を回り始める。


 ここは、一体どこなんだ?

 どのくらいの間、僕はこの世界を揺蕩っていたのか。僕にはそれすらも解らない。時間や空間の概念はここでは最早存在せず、ただただ静寂の中で自身の意識の音だけが存在していた。

 だが、不気味なほどの静謐せいひつおりのなかで、僕は微かに、けれど確かに


「この世界(仮)は、〇■▽☆▲(解析不能)によって、××××されている(真実)(嘘)(特級機密事項)(これ見たら殺すよ♡)」


 駄目だ。きっとここから先はかのじょの領域なのだろう。僕には、まだ早すぎる。きっとこの先には――――。


 死が、視えた。あともう少しでも踏み込んでいたら僕は彼女に消されていただろう。ああ、でも、きっと彼女は――――。


 怨嗟が身体に伝わる。憎悪が空気を震わす。そうか、きっとこれは、今までにゲームで〇んだ人たちの――――。


 どうして死ななくてはならなかったんだ――――。私はただ、×××さんを〇したかっただけなのに――――。

 

 私は被害者だ。こんなのは嘘だ。騙されたんだ、あいつに。私はこんなところで〇ぬ人間では――――。

 

 私は。私の願いは――――。「」。


 彼ら彼女らの人生ものがたりが、走馬灯のように僕の身体を走っては抜ける。痛みが、苦しみが、怒りが、絶望が、僕の肌を焼き身を焦がし臓腑ぞうふを撫で脳を揺さぶる。


 ああ。死んでいった人たちには本当に申し訳ない。それでも僕は、生きていたいんだ。まだ、死にたくないんだ。


「頑張ってください」

 どこかで懐かしい声が聞こえた。

 僕はその声を頼りに、意識を無理やりたたき起こした。

 世界が、色を取り戻していく。


「アマネくん! 良かった、目が醒めたんだね」

 意識が引き戻ると、葉月が嬉しそうに僕の顔を覗き込んでいた。その後ろにはきまり悪そうに佇むしぐれと、複雑な表情で僕を見つめる法条の姿があった。

「う……」

 僕は軽く呻いた。頭の鈍痛が酷く、視界は未だ明瞭としない。

「まだ動いちゃ駄目。もう三時間くらい倒れてたんだから」

 僕はそんなに長い間、あの空間にいたのか。だからが一番隠したかった秘密の一端に、僕は触れることが出来たのか。


「周、先ほどは済まなかったな。だがあれはどうしても必要だった。私は嘘が嫌いでね。信用に値する事実を述べさせることでしか、当人を信用することは出来ない」

 僕は少し苛立ちながら言った。

「それで? あなたは飛び入り参加の僕を信用するのですか?」

 法条は苦笑して、

「ああ。するとも。葉月君を守る、だっけか。あれ程の啖呵たんかを切られてはな、信用せざるを得ない。さて、ようやく本題に入ろうか。改めて作戦会議だ。なにか情報を持っている者は、遠慮なく発言して欲しい」

 僕は改めて、三人を見回した。そして、先ほど得られたを、僕は皆に打ち明けることにした。

「少し分かったことがあるんだ。僕はおそらく、八代みかげかそれに準ずる者によってなのだと思うんだ」

 三人は押し黙った。皆が皆、僕の言葉の意味するところを思案しているようだった。

「作られたって……どういうこと? あはは、アマネくん、さっきなんか悪い夢でも見たんじゃないの?」

 葉月はおどけながらも、どこか不安そうに呟いた。

「それは有りうる、と私は思う。君はどこか特別な存在のように思える。なんというかな、。人間として、怖いほどに均整がとれている。だからこそ私は、君に対してぎこちなさを感じてしまうのだよ」

 法条は目を伏せて言った。

「葉月さんから聞きました。周くん、ゲームが始まる前までの記憶が無いんですよね? だったらやっぱり、神様がゲームに合わせて作った存在なのかも……。たとえばそう、審判みたいな?」

 そうか、僕はやっぱり……。その時、葉月が珍しく声を荒げた。

「皆いい加減にして! アマネくんをそんな悪者みたいに言うのはやめてよ! アマネくんはあたしを守ってくれたよ? あたしが人を殺そうとするのを止めてくれたよ? 信用する信用しないなんて関係ない。アマネくんを信じる理由なんて、あたしにはなくていい。だって……」

「もういいよ、葉月」

 僕は言った。

「あなたたちが僕を信用するかしないかは関係ない、ただ、僕はあなたたちに協力したいんです。それに、法条さん、あなたなら気付いているんじゃないですか? 一昨日の戦いでの、


 これは戦いだ。法条やしぐれに、僕の価値を理解させるための。僕が葉月を守るための。

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