Ep.15‐4 対アスモデウス戦線
「不自然な点……そうか、やはり君も気づいていたか。なにせ当事者だからな、君は」
法条は不敵に笑った。
「気付いているのに言わないなんて、あなたもとんだ食わせ者ですね」
葉月としぐれは何が起こっているか解らないというように、僕たちの言葉の応酬を眺めていた。
「それでは同時に言ってみるか? 先日の戦いの、一体どこが不自然であったのか」
「いいですよ」
僕は法条暁への
そして僕たちは、同時に口を開いた。
「一体なぜ、成瀬の悪魔は圧倒的に有利な状況にも関わらず、大人しく引いたのか」
「どうしてあの悪魔は、僕が乱入したタイミングで戦闘を中止したのか」
二人とも、暫く押し黙った。
程無くして、法条が可笑しそうに言った。
「なんだ。自覚しているなら話は早い。周、私が君を信用出来なかった一番の理由がそれだ。私はね、最初は君を成瀬の悪魔と同系統な悪魔、それか八代みかげの手駒だと疑っていたのだよ。だがもう疑いは晴れた。君は人間だし、本人が否定したのだからみかげの手先の線もない。シロだな」
「それはどうも」
僕は
「だがな、ここでまた新たな問題が発生するんだ。成瀬の悪魔は、なぜ周に対して不利を感じたのかという疑問がね」
「それは……」
僕は押し黙る。
「誤解させているのなら謝ろう。周、私は君を評価しているのだよ。これは仮定だがな、恐らくあの悪魔はまだ生きていて、そしてあの悪魔を攻略する
僕は発言の真意を問いただそうとしたが、しぐれの方が若干早く反応した。
「な、なんでですか? 契約者が死んだ場合、悪魔も消えるんじゃあ」
「通常ならな。だがあの悪魔の能力を見たか? 他者の身体を借りて生き長らえるあの悪魔なら、成瀬が死んだとしてもまた新たな依り代を得て復活する可能性は極めて高い。ひょっとしたら……いや、これは考え過ぎか」
法条は色々と思索を巡らせているようだった。
「あの、私なら、あの悪魔が本当に生きているかどうか分かるかもしれません。ラプラスの悪魔の能力は「全知全能」。この世界で起こったことなら、全て私は知ることが出来ます。勿論、あの悪魔が今どこにいて何をしているかも」
しぐれがおずおずと切り出した。
「そうか!
法条の能力は、恐らく嘘には効果があるが「対象が知らないこと」にまでは効果がないのだろう。だから僕の記憶も引き出せなかった。だがラプラスの悪魔は違う。実際に起きたことならなんだって――――。僕の失われた記憶も、しぐれのラプラスの悪魔なら、ひょっとして戻るのかもしれない。
しぐれは胸を張って、誇らしげに呟く。
「
僕たちは事の次第を見守った。
数秒の後、しぐれは地面に蹲り、奇妙な呻きを上げ始めた。
「どうしたの?」
葉月が駆け寄って、彼女の背中をさする。
「ひ、ひと……人が、沢山、しんでます」
「何?」
法条が眉をひそめた。
「ここ……たぶん駅前のグランスターホテル……。あの、多分これ、もう今から全員殺され、うぐっ」
しぐれの喉で不気味な音が破裂し、そのまま事務所の床に嘔吐する。
「あ、また死んだ。また死にましたよ。わあ血が凄い。ケチャップみたい。あれは内臓かな、うふふ、腐りかけのトマトみたい」
しぐれの双眸はどこかここではない中空を見つめ、ふらふらと彷徨っている。
「朱鷺山くん、もう接続を切れ。これ以上は君の精神の負担が」
法条までも慌てふためいていた。しぐれは一瞬正気に戻ったのか、ひどく冷静な口調で、
「間違い……ないです。あの悪魔はまだ生きています。あ、今夜は128人殺したって……これから日が経るごとに二倍ずつ殺すって言ってますよ。は、あは、あはは」
彼女は続けざまに狂ったように笑い、くるくると舞いながら床に
ラプラスの悪魔は、なんでも知っているのだ。この地球上で起きることなら、なんでも。きっと彼女はあの悪魔の殺戮を実際に「視ている」のだろう。起きた事実を観測する装置、ラプラスの悪魔は結果だけを淡々としぐれに通知し、そして彼女は壊れた。
「あ……もうやめて……やめてやめてやめてやめてやめてやめて! 今すぐ頭の中のこの映像を止めて! 脳が壊れちゃう! もう、いや……もうこんなの観たくない! 助けて、誰か助けてよお……」
しぐれは
「私は朱鷺山くんの身体を綺麗にしてくる。葉月くん、君は周とここで待っておいてくれ」
「でも……」
「今はそんなことを言っている場合じゃないだろう! 彼女の状態は極めて危険だ。早く安静にしなければ」
暫くすると事務所の裏手でシャワーの音が聞こえた。僕は思わず赤くなる。
数十分の後、法条はバスタオルに包まれたしぐれを運んできた。そのままソファーに横たえ、そっとタオルケットをかける。
「しばらくは絶対安静だ。彼女の「ラプラスの悪魔」はもう使わせない方が良いな。脳に深刻なダメージを与える恐れがある」
「そうですね……でも、あの悪魔が生きているなんて。神様は白羊宮は死んだって言ってたのに」
「あの神の言うことなど信じるな。まあ、成瀬は恐らく……」
法条がそう言いかけた時、事務所の電話がけたたましく鳴り響いた。僕はひどく嫌な予感がした。そう、悪いことはいつだって立て続けに起こるんだ。
「済まないが葉月君、出てくれないか」
しぐれの看病をしている法条は手が離せなかったらしい。
「はい」
電話に出た彼女の表情が、見る見る間に色あせていく。僕は続きを聞きたくない。更なる悲劇を知りたくない。
が、次に飛び出した葉月の言葉は全く以て予想外のモノだった。そう、悪いことはいつだって僕たちの想像を超えていくんだ。
「大変です! 法条さん! 妹さんが、救急車で運ばれたって!」
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