Ep.14‐3 虚無宮オフィウクス

       ◇


「そんな……白羊宮アリエスが……? 一体誰がどうやって?」

 葉月の声音には安堵よりも緊張が奔っていた。一つの脅威が去ったことよりも、それを凌いで余りある新たな脅威が現れたことにこそ、彼女は畏怖いふを覚えているらしかった。

「生憎それは守秘義務だ。だが確かに白羊宮、。さて、それよりもボクが関心があるのはあまねくん、君のことだ」

 少女は僕に向き直り、意地悪そうな笑みで見つめた。

「さあ、君はこの戦いに参加するや否や? 獅子宮から話は聞いていると思うけど、本当に命がけの戦いだ。勝つのは一人だけだからね」

「僕は……」

「そんなの絶対に駄目。アマネくん、半端な気持ちで契約したら絶対に後悔するわ。人が死ぬのよ」

 葉月は必死に僕を止めようとした。

「僕は……戦わなくてはならない気がする。頭の中で、心の中でずっとこえがするんだ。戦わずに逃げたら絶対に後悔するって……。それに、身近な人が戦いに巻き込まれているのに自分だけ安全圏にいるなんて我慢できない。後は……」

「後は?」

 みかげが続きを促した。

「僕の失われた記憶……それを埋める手がかりがこの戦いにある気がするんだ。思えば葉月に拾われたのも、悪魔が視えるのも、そういう運命だったからなのかもしれない」

「駄目だよ、アマネくん。そんな曖昧な理由で決めたら、絶対後悔するよ」

「ありがとう、葉月。でも決めたんだ。自分を助けてくれた命の恩人を、大切な人を見捨てるわけにはいかない。さっきの理由で納得できないのなら……葉月。。君を一人にはしない」

「アマネ、くん……」

「見上げた騎士道精神だねえ。いいよ。ただの予備ではなく、

 僕は覚悟を決めて、みかげを見つめた。

「僕の悪魔は……僕のサインはどうなるんだ?」

 当然の疑問を口にする。

急誂きゅうあつらえだからね。悪魔に関しては当分諦めて貰うほかない。位階は、そうだね……十二星座では都合が悪いし……。ああ! ぴったりなのがあるじゃないか」

 みかげは勿体ぶって少し置いてから告げた。

。存在をずっと無視されてきた黄道の十三番目の星座。すなわちへびつかい座オフィウクスが。決めたよ、君の位階はオフィウクス。本来存在しないはずの十三番目、偽の契約者。それが君、虚無宮オフィウクスだ」

虚無宮オフィウクス……」

 僕は自分に与えられた名を胸に刻み込んだ。

「暫くは君の存在は明かさない方がいいだろう。安全も含めてね。まあ他の皆にはサプライズでもあるし」

 みかげは楽しそうに顔を綻ばせた。

「アマネくん……本当に……」

 物憂げな目線で僕を見つめる葉月。

「僕はこれで構わない。僕は獅子宮、如月葉月の剣となり盾となるよ。僕が君を守る」

 そううそぶく僕に葉月は、

「ほんっとにもう……まだ権能も発動してない癖に。なんでそんなカッコいいこと言うかなあ、もう……」

と照れたように俯いた。


「決まりだね。獅子宮レオ、それに虚無宮。戦いはもう序盤から中盤に入ってる。せいぜい注意することだ。案外、危険は君たちのすぐ傍で牙を研いでるかもしれないよ?」

 みかげは意地悪そうに僕たちをねめつけた。

「望むところよ。私とアマネくんなら、向かうところ敵なしなんだから」

「そうかい。頑張ってね。周くん、君の参加で戦況は大きく動くだろう。まだ君は自分の秘めたる絶大な権能ちからに気付いてない。楽しみだよ。君がどう戦い、どのような願いを持つかがね。それじゃあ、バイバイ」

 みかげはベランダのさんに足を掛けたかと思うと、夜の闇の中へ姿を消した。


      ◇              


「ふう……行っちゃったね」

 葉月は溜息をついて、開けっ放しの窓を閉める。

「アマネくん……ありがと。私のために戦うって言ってくれて。その……嬉しかった」

 葉月は照れながら言った。

「僕の戦う理由なんて、それだけで十分だ」

 僕は照れ隠しに突っぱねた。

「あのね。幻滅しないで欲しいんだけどね。あたし、君が戦うって言ったときちょっと悔しかったんだ」

「それは……何で?」

「あたしはあたしだけの力で守りたい人を守りたかった。そこに君まで加わっちゃったら、きっとあたしは弱くなる。独りじゃないからって甘えちゃう。あたしはずっと、一人で戦ってきたから」

「そんなことはない。これからは僕だって、皐月だっている。葉月、君は独りじゃないよ」

「あはは、ありがと。もう一つ加えて言うなら、あたしずっと怖かったんだ、戦うのが。最初に殺人鬼と戦った時もそう。内心震えが止まらなかった。怖かった、もう逃げ出したくなっちゃうくらい。でもね、自分でも不思議なんだけど、そうやって土壇場に追い詰められるほど、あたし強がっちゃうの。おかしいよね、本当は怖くて仕方ないのに、カッコつけちゃうんだ。ほんと、バッカみたい……」

 葉月の両目はいつのまにか潤みを含んでいた。

「だからね、アマネくん……。その、たまには、あなたに頼っても、あなたに甘えても、いいかなあ?」

 上目遣いで葉月は尋ねる。

 僕は上ずりながら、なんとか首肯する。するといきなり葉月が僕にしな垂れかかってきた。

「ちょっ……ちょっと待って!」

 僕は必死に葉月を引きはがそうとする。

 それを見かねたのか葉月の悪魔は、

「そのままにしといてやれ。きっと疲れてるんだろ。今夜の戦いでこいつは些か以上に気張り過ぎた。ただし……手を出したら八つ裂きにするからな」

「は、はい……」

 葉月は程無くしてすやすやと寝息を立て始めた。

僕は葉月をそっと抱擁する。ああ。この暖かさを守るためなら、僕はきっと戦える。最後まで戦い抜ける。

「もう……独りじゃ、ない」

 おもむろに葉月がそう寝言を言った。

 この誰よりも強くて、でも本当は人並みの弱さを持った女性を、最後まで僕がずっと守り抜く――――僕は心にそう固く誓い、そっと目を閉じた。


 時計の針が零時を告げる。八月一日がやってきた。ゲーム終了まで、あと二十四日と十八時間。残り人数は十人。僕の戦いは、これから始まる。


/第二章「如月葉月、その行動原理」――了

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