Ep.??-? 【廃棄データ】或る参加者の記録
これはただの残骸だ。
ひとつの、叶わなかった夢の
故に意味もなく、行き場もなく、答えもない。
世界の片隅に置き捨てられること幾星霜。朽ちていくだけの無意味な記憶、無価値な記録。
けれど、だからこそ語られる価値がある。
……そう、どんな物語も。語られることによって初めて意味を成すのだから。
◆
彼は夢を見る。××だったときの夢だ。
夕闇に染まる雪道を行く二人。懐かしく、そして苦々しい、封印していたはずのかつての記憶。
「東京の大学に進学決まったんだって? 凄いなあ。あたしバカだから地元の専門しか引っ掛からなくて」
「――」
「服飾の勉強するんだ。デザイナーとか、目指そうかなって」
「――――」
「春からは別々だね」
「――」
「……あたしさ、これでいいのかな?」
昔の自分が彼女の言葉に何と返答しているのかは、彼には聞き取れなかった。いや、聞き取らなかっただけかもしれない。ああ、いつもそうだった。彼は何一つ、彼女に「本当のこと」を言えなかった。言わなかった。口を突いて出るのはどれも仮初めの、その場凌ぎの返答でしかない。
「奨学金を借りて一緒に同じ大学を目指そう」「服飾よりも絶対に法律の方が向いてる」「ずっと好きだった……付き合ってくれ」
本当に伝えたかった言葉はどれも
頭の中で繰り返し繰り返される言葉の羅列は、どうしても口に出そうとすると意味を喪い、解けていってしまう。彼の言葉は空っぽなのだ。
だから最後の最後まで、彼の願いは叶わなかったのだ。
◇
十八歳の頃から情景は移り変わり、残り七年間の彼の時計の針を瞬く間に進めていく。必死になって取り組んだ大学の課題で、初めて優が取れたとき。知り合いの誰もいない東京での成人式で、ひとりベンチに座って時間を潰していたとき。妖しげなネオンが揺らめく夜の街で、好きでもない同級生の女子と一夜を共にしたとき。第二希望の企業に就職して、感慨に耽っていたとき。そして、七年ぶりに故郷へ帰って、彼女と再会したとき。
時間は残酷だ。過ぎ去れば過ぎ去るほどに遠くなる。思い出せば思い出すほどに虚しくなる。過去にも現在にも未来にも、もう何処にも彼の居場所はなくなっていた。
彼女は変わっていた。
数年ぶりに会う彼女は大きく膨らんだお腹を抱えて、一応は夫であるらしい男に、媚びへつらった笑みを浮かべていた。彼女の傍らには怯えるように身を縮めて歩く幼い少女の姿。少女の白い肌に浮かぶ青黒い斑を見て、彼は灯を救えないことを悟った。七年前の、彼が好きだった彼女はもういない。彼女は彼と目が逢うと申し訳なさそうに笑って、すぐに目を伏せた。
「あたし、どこで間違えちゃったんだろうね」
聞こえる筈もないその声を、彼は確かに聞いた。
もう、何もかも手遅れだった。
七年前、彼女と最後に別れたとき、どうしても言えなかった。そのままじゃ破滅する。今の君は間違っている。そんな言葉を、彼女を否定する言葉を、何かほんの少しでも遺せていたなら――――。
七年前のあの日から、もう一度全てをやり直せたのなら。それはただの、願いですらない幻想だ。そんなことは解っている。でも既に時計は凍てついていて、針は動かない。僕はあの日から、一歩も前に進めていない――――。
『あの日に戻りたい』
自室で幾千幾億と漏らしたその
「貴方が
声は窓の向こうから響いた。体の芯に染み込むように、その声音は彼に心地よく浸透する。
降り積もった鬱積を吹き飛ばすように、思い切り窓を開け放つ。
「
純白のヴェールに覆われ、絹のローブに身を包んだその姿は、どうしようもなく花嫁姿を連想させた。衣服のところどころに
「僕の、願いは……『あの日に戻ること』だ」
その言葉だけが、彼の支えであり、彼の救いであり、彼の
「『時間遡行』ですか。生憎と私の職能では契約時に叶えてさしあげることは出来ませんが……、ご安心を。貴方がこの世界の主になれば、叶わない願いはなく、届かない理想はない。私と契約してくださるならば、必ずや貴方に新たな希望を与えましょう」
そうして、彼の闘いは始まった。
倒すべきは十一人の敵対者たち。
手にすべきは大願を叶える神座。
やがて迎える結末は、彼のみぞ知る。
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