Ep.21‐2 目覚めの刻Ⅱ

「大丈夫ですか、法条さん」

 葉月は吹き抜けから飛び降りて法条の許へと駆け寄り、彼女を抱きすくめた。

「ああ。見ての通りこの様だ。済まないな葉月君。私は君のようにはいかないようだ。後は任せよう」

 法条はせきこんで、喀血かっけつする。

「土壇場だがね……ひとつ良いことを思いついたよ。葉月君、死ぬ気で戦う覚悟はあるか?」

「元からそのつもりです。覚悟ならもう、とっくに」

「ああ……それは心強い。じゃあ、よく聞け。権能『推定有罪』。『死ぬ気で戦え』」

 その瞬間、葉月の能力は即発的に以前の彼女を遥かに凌駕するものとなった。すべてのステータスが極限まで上がった状態に、強制的に固定される。

「私の能力は他人の行動を縛るものだとばかり思っていたが……こういう使い方も、たまには面白いだろう?」

 法条は弱弱しく微笑んで言った。

「はい、ありがとうございます、法条さん」

 葉月は法条をそっと横たえ、改めて宿敵に向き直る。最大の力をもって、如月葉月はアスモデウスと対峙した。


       ◇


 僕はアリスは巨人の上空を並んで飛びながら、彼女に作戦を伝えた。

「全く、無茶をしますね。死んでも知りませんよ」

 オリヴィエは呆れたように言った。

「でも面白いわ。こんなことを思いつくなんて、お兄ちゃんってやっぱりすごいのね」

 アリスは嬉しそうに言った。

 作戦はいたってシンプルだった。つまり、僕が丸腰になって巨人へと特攻する。そして次に竜に化けたオリヴィエが巨人を攪乱して隙を作る。最後に本物の竜に乗ったアリスが裏へと回り込み巨人を裏側から焼き尽くす。二体で隙が出来ないのなら三体で。単純だが、今の僕に思いついたのはこれくらいだった。 

 僕は鷲獅子グリフォンにしっかりと掴まって、猛スピードで巨人の周りを旋回するように飛ぶ。攻撃手段がない今、速度だけが命を繋ぐ術だった。周囲の風景が目まぐるしいスピードで後ろへ過ぎ去っていく。続いてオリヴィエが化けた竜も巨人に攻撃を加える。巨人は僕たちの一方でも捕まえようとがむしゃらに腕を伸ばした。腕が僕のすぐ側の空を掠める。そして生まれた一瞬の隙。アリスは舞い上がるように曲芸飛行染みた軌道で巨人の裏を取る。

「行け、アリス!」

 竜の口から迸る業火が、巨人を裏から焼き尽くしていく。巨人は胴体からぼろぼろと崩壊していった。僕は思わず歓声を上げて鷲獅子を止め、その行く末を見守る。ああ、その一瞬の油断が明暗を分けた。胴体と泣き別れた巨人の腕が、細かな針のような形状になって、僕を串刺しにせんと真っ直ぐに向かってくる――――。


       ◇


 片桐の背後から現れたのは、黒のライダースーツを身に纏い、ヘルメットで顔を覆い隠した人物だった。マントまで身に纏っていて、さながら戦隊ものの主人公、いや悪役のような造形だった。

「あなたは、一体……」

 しぐれは救いの手を差し伸べられたとは思えなかった。目の前の少年の言葉はあまりに冷ややかで、狂気を孕んでいるようにすら感じられる。

『余計なことを喋るな』

 その言葉に、しぐれだけでなく片桐までもがたじろぐ。少年の言は明らかな強制力となって、しぐれと片桐を縛った。


 ヘルメットの少年は片桐と対峙する。

 片桐は不安を押し流すために、敢えて強気に出る。

「お兄さん、僕と姉さんに勝てると思ってるの?」

「勝てるかどうかは知らん。ただ、お前のことは調べさせて貰ったよ、片桐藍」

 片桐は息を飲む。名前を、知られている? なんで、どうして。片桐藍の精神は、恐怖と不安で大きく揺れ動いていた。

「結合双生児として生まれたお前とお前の姉は、常に世間から奇異の視線に晒されてきた。親すらも例外でなく、自分の子供を化け物扱いだ。唯一、病院の医師だけは親切だった、そうだろう?」

 片桐はヘルメットの少年を強く睨む。

「そしてお前はある日知ってしまう。その医者ですら、自分たちを金儲けの道具だとしか認識してなかったってことにな」

「やめろ、うるさい、もう聞きたくない」

 そんな片桐の言を完全に無視して、少年は続ける。少年の言葉には魔力があった。聞きたくなくても聞いてしまうような、語りのうまさが。しぐれもいつしか、少年の語る双児宮の生い立ちに思いを巡らしていた。

「姉だけが、唯一の心の拠り所だった。何せ生まれた時からずっと一緒だったんだからな。だが、そんな姉ですらお前を否定した。やたらと人と関わりたがるお前を、気持ち悪いってな。だからお前は」

「黙れえ!」

片桐は叫び、マクスウェルの悪魔による火炎を少年へと迸らせた。刹那、少年の前に巨大な水の盾が展開され、炎の行く手を遮った。蒸発によって靄に包まれる路地裏の中に響く少年の声は、逆らえぬ強制力として片桐を縛った。

「そうだ、お前には何もなかった。親からの愛も、周囲からの愛も、姉からの愛も。皮肉だよな。愛を受けられなかったお前が、アイなんて名を冠しているなんて」

 最早片桐に反駁するだけの余裕は残されていなかった。炎を何度か少年へと向けるものの、それらはすべて水の盾に封じられる。片桐はただ項垂れ、少年の語る言葉になすがままに耳を傾けていた。マクスウェルの悪魔による温度操作で、水の盾を凍らせるという選択肢すら、彼の心からは欠け落ちてしまっていた。

「お前は空っぽなんだ。自分の行動指針がお前には欠けている。常に人から愛される、認められることばかり求めてきたお前には、自分のために為すべき目的が無いんだ。せいぜい殺し合うのが精一杯。どうせ大した理由もなく戦おうとしたんだろう?」

「違う、違う。僕は……」

 懸命に言葉を探す片桐はしかし、もうすでに少年の暗示にかかってしまっていた。少年の語る言葉、理論には、細部でいくつもの飛躍、誇張がある。だが構成がうまく語られるために、片桐藍は総てが本当だと思いこんでしまっていた。言葉では否定できても、心が受け入れてしまう。

「だから、俺がお前に行動指針を与えてやる」

 少年は厳かに唱える。その最後の一手を。

 片桐藍は、自分の運命を受け入れた。だが、その前に自分の一番大切な人を、安全な場所に。

「逃げてくれ、姉さん」

 少年が告げる。

「権能、『高貴粛清ノブレス・オブリージュ』。『俺の命令に、永続的に従え』」      

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