interlude:分岐:三日間の空白

       ◇


「さっきのは良かったぜ、嬢ちゃん。百点満点とはいかないが、十二分に及第点だ。やればできるんじゃねえか」

 初めに感じたのは、鈍い筋肉痛。

 それから強烈な神経痛。痛覚神経に直接、炭酸飲料か液体窒素でも流し込んだかのように、腕、両足、肩、腹、胸……。内臓の一つ一つが膨張と収縮を繰り返しては、足袋のように萎びていくのを感じていた。

 痛い。痛い。痛い。

 全身が痛かった。

 手足が言うことを聞かない。

 関節は捻じ曲がり、筋肉が張り裂けてしまったのかもしれない。

 神経でも断裂してしまったのか、

 数本の指は感触がなく

 ものを上手くつかめない

 視界に罅が入った。もう視力も危ういかもしれない。

 悲鳴を上げていた。何処にも届かない悲鳴を上げ続けていた。何処にも届かない。自分がその声を実際に出しているのかも分からない。だから私は本当は悲鳴を上げていなかったのだと思う。

 そいつが嬢ちゃん本来の力だ、とその悪魔は言った。

「よく言うだろ? ニンゲンは本当は本来の力の三割くらいしか使っていないとかなんとか。あれは大噓だ。人はな、「やれる」と思えば、「できる」と願えば、いつでも100%以上の力を出せるんだ」

 やってやれないことはないんだよ、身をもって実感しただろう? と悪魔は言った。

「あー。嬢ちゃん、自分の名前、分かるか?」

「ときやま……し、ぐれ」

 返答する自分の声も、本来の声を模した電話の合成音声のような、無意味な音の配列のようにしか感じ取れなかった。

「今夜のことはあいつには黙っといてやるよ……。悪い悪魔な俺と嬢ちゃんだけの秘密だ。好きだろう、秘密? じゃ、小屋に飛ぶぜ?」

 

 フラッシュバックのように、

 ある一つの光景が私の

 脳裏を過った

 

 まっしろな病室。ベッド。リネン。点滴のチューブ。ひとりぼっちの夜。

 神と名乗る少女。

 私に、寿命を。

 何故、に?


 仄かな疑問は、激痛の奔流に押し流されていった。

 汚れた服も着替えずに、ベッドへ倒れ込む。

 糸の切れた人形のように。

 私は泥のように眠った。


「あと一週間の猶予で、あなたには如月葉月を倒せるまでに成長してもらいます」

 彼が放ったその言葉と、自分の返答だけが、湾曲した脳の中で延々と響いていた。

「私が……如月葉月を殺す」


       ◆


 斯くして、舞台は整った。

 残る猶予は少なく、終幕の時は近い。

 

 八月十八日の深夜。美桜市。

 あるものは愛を交し合い、

 あるものは感情を確認し、

 あるものは奇策を巡らし、

 またあるものは終わりを見据えていた。


「これが物語なら、今夜がポイント・オブ・ノー・リターンと言ったところだね。残された時間は数少ない。最後の最後まで、ボクを楽しませておくれ」

 と、虚空に向けて言った後、少女は口を醜く歪める。

 まあ、

 君たちがどう足掻いたところで、

 オチは、のだけれどね。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る