Ep.46-2 八代みかげの物語(後編)
【二万八百六十四回目】
人間だけが戦うのも興覚めだったので、数回前からルールを少し追加、改定した。各候補たちにそれぞれ能力が異なる「悪魔」を憑かせ、その権能によっても勝負を左右させる。不確定要素はある程度必要だ。人間自体が強くても悪魔が弱ければ、またはその逆なら、勝負の行方はもっと分からなくなる。ゲームはより混迷を極め、より予想がつかなくなる。この改訂ルールはうまく作用するだろうか。まだ何回目かの試験段階だが、きっとうまくいくと思う。悪魔を生み出すのには苦心したが、かつて実在したゲーム参加者のパーソナリティーを巧いこと模し、そこに旧世界に伝わる神話や伝承を織り交ぜたりして、色々と作った。
なかでもお気に入りの一体が「ルサールカ」という天使……いや悪魔だ。本当に天使のような外見ではあるが中身は悪魔そのものだ。人間だった時の記憶が色濃く残っているので、より悪魔っぽい。旧来の知り合いに再会したようで少しこそばゆくなったが、覚らせまいとして毅然と命じた。
「久しぶりね
彼女は居丈高な態度にも嫌な態度一つせず、意外な顔の少しも見せず、
「……ん、りょーかーい」
「随分と従順なのね」
「だって、そうなっちゃったもんは仕方ないっしょ」
説明する手間暇を避けるべく、悪魔たちからはかつての記憶の殆どを奪い、代わりに「私」が神であるという事実と、それを受け入れられるだけの予備知識を仕込んである。それにしたって、彼女の適当な態度は、私を苛立たせるのに十分に過ぎた。少し、お仕置きの一つでもくれてやりたくなる。その内容をどうしようかは目下、検討中だ。彼女のプライドを砕いてやるようなものが良いと思うのだが、私の手ぬるい報復では彼女はなんらの反応も示さないだろう。何せ、まだ天使琉花だったときから彼女はそういう人間だったのだから。
【八十万六千九百二回目】
……もう数えるのも疲れた眺めるのも疲れた悪魔たちを統制し契約者たちを集めるのにも疲れた私は何のためにこんなことを始めたのかさえも忘れかけていた何のためだっけ? こんな有様でも一応は世界の精神を司る神様だというのだからお笑い草だ。こんなものが神か。世界の意識の集合体か。道理で不安定な世界になるわけだ。
段々と意識が摩耗してくる、私は一体、何のためにこんなことを繰り返していたのだろう。そう考えると、これまで辿って来た道が丸ごと崩れ去り、目指していた筈の場所が脆く消え去る砂上の楼閣のように思えてきたので、私はその懸念の丸ごとを、医者が患部を丸ごと切除摘出するように世界の記憶、即ち「私」の意識から消した。これでもう迷うことも嘆くこともない。ただ、目の前のゲームを開催するだけだ……。さようなら、弱かった私が好きだった、弱かった皐月……。何処か自信なさげに、頼りなさげに自分の事を「ボク」と呼ぶ、弱くて強い、私の…………。
……。
ボクの名前は八代みかげ。世界の意識。……神だ。
【五百八十六兆四千五百六十億三千五百十七万四千七百四十三回目】
……想定外のことが起こった。
まさか、自分のための願いごとをあんな使い方をする人間がいるなんて。
娼婦から改悛した聖女ですらも、もう少し欲深いはずだ。
長い繰り返しのなかでも、こんなことは初めてだった。
……どう対処するべきか。
もう迷っている時間はない。悩んでいる暇もない。
向こうから、彼は歩いてくる。
改編した世界で、悪魔としてよみがえったかつての敗北者。
さて、どう説明したものか。真相をばらしてはつまらない。第一こんなことが二度起こるかも怪しい。奇跡は二度起これば、奇跡ではなくなる。
……決めた。様子見に徹しよう。なんなら今回だけ特別に、人数を増やすというのも面白いかもしれない……。
果たして彼はいつ自分の正体に気付くのだろうか……。
久しく忘れていた嗜虐心が、鎌首をもたげて迫っているのを感じていた。
ボクが、ボクこそが……。
「やあ。久し振り」
そして告げる。
「いやあ参っちゃったよ。まさかこんなイレギュラーが起こるなんて完全に予想外。どうしようか悩んだんだけどねえ、決めたよ。ボクは君を認めよう。君の存在を許そう。おめでとう、君は十三人目だ」
何が起きているのかもわからない子羊を導きながら、今回は必ず面白くなる――――そんなことを漠然と考えていた。
……。
…………。
………………。
❖
終りのない物語はない。本作は、次章「第七章
願いと破滅の交わる点で彼女は最後に何を願うのか。
物語の神たる私とて、それを知り得る術は持たない。
私? 八代みかげを識ることができる私が一体誰かって? まあ、それは今気にしなくてもいいじゃない。パンのおまけのシールみたいなものだから……。
私は八代みかげを語り得ない。
あらゆる生は、物語は、その人だけのもの、なのだから。
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