Ep.53-3 ねがいの空
僕は目覚めた。最後に為すべきことをするために。最期に希望を託すために。
展望台を物凄い勢いで駆け上がってくる少女が二人。揉み合って落ちた一人と、もう一人は。もう一人、は……。
感動の再会とはいかなかった。状況が状況で、向こうは僕のことを覚えていない。
「たすけて! たすけてください!」
喉がかれるほどに叫んだ少女の目には、生への意志。
揺るぎない瞳で、僕に訴えかけていた。
僕は言った。「今度は……間に合ったみたいだね」
振り返った先には、霧崎道流。もう呆れる気にもならない。僕はまっすぐに、最初で最後の敵へと向かっていった。
小細工も、何も要らない。
振り上げられた刃を、真正面から受け止めた。
腹部に鋭い痛みが走るかと思ったが、それは案外、今僕が感じている世界との軋轢や自己の消滅と比べれば何のことはない、微かな痛みだった。
僕は告げる。事実をありのままに告げる。
「君のしていることは全くの無駄だよ。殺人鬼」
お前の愛情は殺意じゃない。お前の殺意は愛情じゃない。
その一言で、完全に彼女は崩壊してしまったかのようだった。自信も、プライドも、何もかもが崩れ去ってしまったようだった。
終わった人間に興味はない。僕は腹からナイフを引き抜いて、彼女の許へ向かう。
「あなたは……誰ですか?」
……ああ。
「ごめんなさい。どこかで会った気がするけれど、どうしても思い出せない……」
……少しだけ、悲しい。
「あれ? あれ……? どうして私、泣いているんですか?」
彼女は、意味がわからない、というように、ただ困惑していた。
「それでいい。それでいいんだ。君はもう、過去に縛られる必要はないんだ」
未来は君のものなんだ。
「その傷、大丈夫なんですか。早く救急車を」
「必要ないよ。僕は勝手に、ここで消えようとしたんだ」
事実だった。
「君は、これからどうしたい?」
「生きたい」
彼女は涙ぐんで、
「幸せに……なりたい」
ああ。
こんな簡単なことだったのか。
誰かのために願いを託すということは。
「君を守れて……よかった」
今度こそ、彼女は幸せになってくれるだろうか。
あの冷めきった、
瞳をしていた少女は、
ここから、また、立ち直れるだろうか。
その続きを見られないのが、少しだけ……悔しい。
よく似た別人。
ただの他人。
自己満足でも、自己完結でも。
僕は。
麻里亜
どうして私の名前を
あなただったんですね、今日、今朝から変な感じがしていたんです。誰かが私を呼んでいる、そんな感じがしたんです。私には思い出せないけれど、きっとあなたは私にとって大切な人で、他にもそんな人たちがいて……。
思い出さなくていい。
何もかもを忘れて、幸せに生きればいい。
それができるのは、今を生きている君だけだから……。
……ありがとう。僕は最期にそう言った。
届かなかった願い。
空。
彼女がくれた時間。
仮初でも、偽りでも。
僕は……。
幸せだった。
願いを……空に還そう。元居た場所へ……帰ろう。
最期の瞬間、ふと、余計なことを考えた。
僕と彼女を現す言葉を……思案してみた。
葉月が耳元で嫉妬交じりに「仕方ないなあもうっ」と言っているような気がする。皐月はどこか呆れたように溜息をつき、しぐれはついとそっぽを向く。他にも法条や御厨や連城や……操さんまで。
僕たちを繋ぐ言葉を考えてみる。
僕たちは……戦友だった、そうだろう?
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