Ep.40-2 巡る因果

 みかげは怪訝そうな連城と鷺宮を見て、満足げに頬を歪めた。

 そのまま畳みかけるように、言葉を繋げ紡ぎ続ける。


「加賀美アリスと片桐藍は君が以前勤めていた病院の患者だ。

 三神麻里亜は旧来の友人で、法条暁はかねてからの知人だ。

 双魚宮ピスケス双児宮ジェミニ巨蟹宮キャンサー天秤宮ライブラ

 。ここまでなら偶然の一致、とやらで済ませられるかもしれないね。現に、君の他にも顔見知り同士でゲームの参加者となった例もいくつかある。だが残念ながら、君の場合はまだがある。そうだね?」


 連城恭助は答えない。


「君は様々な事件に進んで首を突っ込んでいたからね、裏の人間とも繋がりを作りやすかった。ああ、とてもよ。無粋な良識とやらを振りかざす表の人間ばかりが舞台に上がっても、劇に面白みが欠けるからね。

 裏社会の人間。即ち、情報屋と、殺人鬼。

 そんなわけで、連城恭助、君は、調

 処女宮ウィルゴ天蝎宮スコーピオ。これで六人。ああ……不思議だ。ことになるね。ここまでで何か、正すべき誤りはあるかい?」


 連城恭助は答えない。

 

「成瀬雅崇と御厨翼については、他と異なり少し事情が混みあっている。なに、こういう小細工を弄するのも必要だろう? あまりに手がかりが白地あからさまでは、謎解きの甲斐もないじゃないか。  

 成瀬は法条の同窓で、唯一の友人とも言っていい仲だったそうだ。

 二人とも友人は少なかったそうだからね、法条の口から彼の名前が出ても何らの不思議はない。

 そして、

 は、御厨翼。

 彼は苦労人だったね。環境が悪かった、と言い訳するのは簡単だが、彼は執念深 く、そして優秀だった。としては逸材も逸材だったが、肝心なところで詰めが甘かったのが運の尽きだったね。惜しいことをしたものだよ。

 ああ、知らなかった、とは言わせないよ。

 君が麻里亜と知り合ったのは彼女が孤独になるだ。

 麻里亜の両親や兄の葬儀には、鷺宮と共に君も参列していたはずだ。

 間接的にとはいえ、名前や素性を知ることは容易にできただろうね?」


 連城は無言で首肯する。

 

 

 隠された輪ミッシングリンク

 絡み合った意図が、密かに一点へと集約していく。

 綻びはあと、わずか。

 

「さあ、いよいよ大詰めだ。如月……。いや、彼女を巡るあれやこれやは、君の方がよほど詳しいだろうから、説明するまでもないだろう。とても可哀想な子だ。家族の全員が全員、哀れだ。あまりにも愚かで、あまりにも救いようがない。このゲームと関わることがなくとも、これ以上ないくらいに崩壊していたからね、あの家は。ボクにとっては恰好の素材だったよ。

 如月葉月。ああ、嫌がる彼女を無理やりににするのもいいかと最初は思っていたのだけどね、あの女は強情に過ぎる。それでいて面倒なところで矢鱈と繊細だ。自分は汚れまくっている癖に他人には清廉を求めるだなんて、つくづく度し難いよ。こちらから願い下げだね、あんな淫売は」

 必要以上に露悪な物言いに、連城は思わず顔を顰めた。誰だって知人が必要以上に侮辱されれば、たとえ僅かでも憤りを覚えるだろう。


 残りは、たったの二人。

 朱鷺山しぐれ。連城恭助。

 宝瓶宮と、魔羯宮。

 時計の針の最初と、最後。


「……宝瓶宮アクアリウス。彼女については、どうなんだい。僕は彼女とは、何らの接点を持った覚えはないがね」

 連城は最後に、精一杯の抵抗を試みた。

 しかし、彼女の反駁は呆気なかった。

「朱鷺山しぐれ。……彼女は腐っても由緒ある財閥の令嬢だ。。新聞、ニュース、ゴシップには事欠かない。低俗な探偵君が最も得意とする領分じゃないか」

 

 連城恭助。彼だけが、残された。 

 時計の針は、かくして一巡した。

 

「ああ。不思議だねぇ。のだろうねえ? そして連城、何故君は今日という今日まで、こうしてボクに指摘されるまで、のだろうね?」 


 連城は答えない。


「さて、これだけ言っても、君はまだを理解できないかな? どうなんだい、素人探偵くん? 推理する時間はたっぷり与えた筈だ。分からないとは言わせないよ」


 連城は答えない。


「言うなればさ、君の思考は全てが逆様さかさまなんだ。

 自分だけが盤上の外にいる、とでも思っていたかい?

 何処か超然として、少し離れた箇所から右往左往する他の契約者たちを高みの見物気分でいたかい?

 笑わせるね。

 に夢中で、肝心の自分自身が、全く見えてないのだから。ねえ、たった一度でも、君は疑問に思わなかったのかい?

 盤上の中で上手く立ち回れている、とでも考えていたかな?

 標的を探し求め、その度に自身の行動原理を作り替えて。

 このゲームにおける君の行動には、と呼べるだけのものが、ほんの一つでもあったのかな?」


 連城は……答えない。答えられない。形のない彼の信念は、ここに来て根底から突き崩されかけていた。


。お前は手駒だ。手駒であり、手駒でしかない。

 

 最初からそうなるように、仕込まれたに過ぎない。

 今ここでこうやってボクと対峙することさえも、全てが筋書き通りだ。

 お前は何一つとして自分の意志で動いてはいない。

 私のために契約者たちの素性を調査し、

 私のために契約者たちの間を行き来し、

 私のために契約者たちの心を掻き乱した。

 


 全てが、予定調和的な解決。

 彼自身への優しさはないが。


「リリト。君は優しいね」

 連城は力なく笑い、傍らの女悪魔へ目線を向けた。

「僕が以前感じ取った均整の取れ過ぎたゲームへの違和感とやらを、僕たちの想像を超えた何者かによる作為とやらを教えなかったのは、この瞬間のためだったのかい」

 悪魔は答える。 

「妾は今度の今度こそ、汝の絶望に沈む顔が見られるかと思うてたのだがな。存外に打たれ強い奴よ、汝は。まあ、それも誤差の範囲か」 

 至極残念そうに、悪魔は呟いた。

 そして、裁断が下される。

「さて、今一度問おうか。連城恭助、君は自分の心からの願望を自覚できるかい?

 君という人間を定義するに足る、君だけに備わった固有の体験があるかい?」 


 連城は、静かにかぶりを振った。


、と言ったな。初めから壊れてる、と。

 その通りだ。

 何故それだけわかっていて真相に気付けない? それだけ優秀な脳髄を持ってしてどうして真実を認められない?

 つくづく道化だね、君は。

 用意された解答に喜んで、舞い上がって束の間の狂騒に酔い痴れて、それで自分が何かになった気でいる。借物の人格、仮初のパーソナリティーで、何者かへ変わった気でいる。

 君自身は空っぽなのさ。何らの成長もしていない。

 現実からの戯れに空想世界に耽溺する根暗や、寝所で耳にする御伽噺に憧れる愚かな小娘とそう大差はない。

 推理ごっこは楽しかったかい? でもね、これが答えなんだよ、連城」


 みかげは声を落とし、それから探偵へ真相を告げた。

 

 それこそが連城恭助、君の結末こたえだ」

 

 真実は虚像を真正面から打ち砕いた。

 探偵は膝を折り、その場へ跪く。

 古くなった床板が軋み、ホールの空気を少しだけ震わせた。

 それは、ついぞ最終局面まで不敵な態度を崩さなかった探偵の、静かな内部崩壊の音でもあった。

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