Ep.7‐2 why?
◇
霧崎道流は朱鷺山ビルの屋上で亡霊のように佇んでいた。
「ああ、麻里亜さん、
悲しそうに、けれど嬉しそうに呟いて、「私もすぐ逝くから」と呟こうとし、彼女は屋上に彼女以外の影が揺らめいているのに気付いた。
「誰だ」
「月が綺麗だねえ」
のんびりと少女が言った。
「こんな綺麗な月夜には、愛する人を殺したくなってもおかしくないかもね。なんせ、昔からずっと月は狂気の象徴だ」
道流は少女に向けてナイフを構えた。その姿勢は攻撃のためというより、寧ろ――。
「質問に答えろ。誰だと聞いている」
道流は気付く。自身の心臓が
「ボクは君たち人間が神と呼ぶ存在だ。万物の創生者、衆生の救済者、世界の観測者。そんな物々しい呼び名はいらない。まあ、君たちが参加するゲームの主催者、ゲームマスターとでも思ってくれればいい」
道流は気付く。三神麻里亜への焦がれるほどの思慕が、ただ目の前の少女への畏怖へと塗り替えられていくのを。少女はまだ、彼女の許へやってきた理由など言及していないのに。
「ゲームが始まる前から場外乱闘も結構だけどねえ。二人も殺すとか、君、少し暴れすぎだろ。どれだけ欲求不満なの。まあ、監督者であるボクからすると、少し見過ごせないかなあ、と。そう思ってしまってね」
「私を、殺すのか」
道流は訊いた。声は震えていた。
「いんや。ボクは君を殺さない。ただペナルティは受けてもらう。そうだねえ、『三神麻里亜に
「な、止めろ!」
道流は叫ぶ。目の前にいる少女は、幼い子供が虫の手足や羽を千切って遊ぶよりも純粋に、賢しい大人が
「ゲームマスター専用権能、『
「止めろおおおおおおお!」
叫びは空へと吸い込まれていった。次の瞬間道流を襲ったのは、どうしようもない虚脱感。道流の権能、『愛はすべてを超えて』は「権能を無効化する権能」、『烏有』により滅殺され、麻里亜との
「ふざけるなっ! 私はどうすればいいんだ! 私は死ねなくなった、いや、生きられなくなった! 麻里亜さんのいない世界で、私はどう生きればいいというんだ!」
最早霧崎道流の見た目からは冷静さや優雅さは消え失せていた。あるのはただ、やり場のない怒り、悲しみ、焦燥、絶望。霧崎道流の生きる希望は、今ここで途絶えた。
少女はそんなことなど素知らぬように、
「大体君は願いが矛盾しているんだよ。せめて麻里亜を殺すか、愛するかのどっちかにしな。両方はどうやっても叶わないんだから……って、そうか、君は恋愛感情と殺人願望を混同してるのか。あはは、だからそんな間抜けな権能しか得られなかったわけだ! あはははは!」
少女は笑う。心底可笑しくてたまらない、道化を目の前で演じられたように。道流は強く歯軋りをした。
「ああ。言い忘れてたけどね。君はもう生きる必要はないよ。なぜなら――」
音が二回、爆ぜた。
「え?」
道流は前のめりに倒れる。その胸には咲き誇る薔薇のような深紅の染みが、二輪。
「ボクは君を殺さない、そう、ボクが殺さなくてもこのように君を殺したくて堪らない人間が他にいるからさ」
少女はキャキャッと手を叩いて笑った。
◆
「ぐ……なぜ、何で、お前が」
道流は声を絞り出して言った。目の前の現実が、あまりに不合理だったから。なぜなら、
「やあまた会ったね、金髪に
その相手は、
「お前は、死んだはずだ……」
先日彼女が路地裏で、
「この手で確かに、殺したはずだっ!」
確実に止めを刺したはずの男だったのだから。
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