Ep.7‐3 探偵は笑わない

「そう驚くことでもないだろう? 君も僕も、「殺されても死なない」同系統の能力だと考えれば合理的ではないかね?」

 男は可笑しそうに言った。

「君にならって種明かしといこうか。何、冥途めいど土産みやげというやつだ。僕の権能は『盤上の標的バールストン・ギャンビット』と言ってね。

「な……」

「正確に言うなら。僕が誰かに殺された瞬間に、その相手は僕に殺されることに。そう、たとえ僕自身が死んでもね。加害者と被害者が、そっくり入れ替わるのさ。霧崎道流、

「そんなの……反則だ……倒せるわけないだろう……」

 道流はぜいぜいとあえぎながら必死に言葉を紡ぐ。

「そうかい? 君の権能と比べると大分見劣りすると思うけどね。瀕死ひんしの重傷を負わせて立ち去るとか、魔導書グリモアを破壊するとか、殺さずに縛り上げて放置して餓死させるとか色々あるじゃないか。ようは最後に手を下さなければ良い訳だ。存外に穴が大きい能力だよ、これは。なんせ自分が人を殺すと能力が跳ね返って自分も死ぬという条件まで付いてる。僕はいつだって後出しでしか行動できないのだよ、先攻法ギャンビットの名が泣くとは思わないかね?」

 道流は戦慄する。自らの殺し方を嬉して話すこの男に。こいつは似ている。あまりに邪気を感じさせず邪悪なことをしたり、言ったりする点が、先ほどの少女と恐ろしく似ている。

「と、いうわけだよ。君はここで脱落だ、霧崎道流」

 少女、いや神は抑揚よくようもなく言った。

「んじゃあ、ボクは下で涼んでくる。ここ蒸し暑過ぎなんだよね。後は好きにやっちゃって、連城」

 そう言って、少女は階段を音もなく降りて行った。


       ◆                


「なぜ、私を殺すんだ」

「理由も何も。君が僕を殺したからでは不満かい?」

 道流は下唇をギュッと噛んだ。まさか、こんな相手に殺されることになるとは。

「そうだな、でもきっと、僕は多分君を殺していたよ」

「それは何故だ」

「君が、麻里亜くんを殺したからだ。彼女は僕の良き友人だったからね」

「そう、か……」

 道流は嘆息した。彼女を独占するには、まだ敵がいたのか。

「それじゃあ、さよならだ。何、急所は外してある。朝までゆっくりと死に向かえばいい。君は死ぬ。それだけはもう、確定したことだ」

 男は立ち去って行った。

 そんな中、聞こえる筈もないのに。

「もう、人を殺すのは嫌だなあ」という声が聞こえた。それは男、連城の漏らしたものだったのか。それとも――。


       ◆             


 道流は遥か昔に気付いていた。死ぬときは、人間は一人なんだと。誰も、自分と一緒には、死んでくれないんだと。

「ああ、それでも――」

 最期に、吐き出すように呟く。

「さみしい、な……」


       ◇              


「一つ訊いてもいいかな、みかげ」

 男、連城恭助は傍らの少女に向かって言った。

「なんだい。今のボクは機嫌がいいからね。何だって答えちゃうよ。乙女のプライヴェート以外は、なんでもね」

「僕の権能は何故、霧崎道流の不死性を打破出来たんだろう? よくよく考えると不思議じゃないかい。例えばそうだ、相手に決して癒えない傷を負わせる能力と、どんな怪我でも一瞬で治癒できる能力だったらどっちが勝つんだい?」

「ああ、言わんとしようとするところは解る。相反する権能がぶつかった時、勝敗判定はどう行われるかということだね。ぶっちゃけるとね、運だよ」

「運?」

「そう、運。もっとざっくり言うと『』。ボクには霧崎の権能より君の権能の方が強そうに見えた。それだけのことだよ」

「なるほど、少し神様という言葉の定義を紐解けたような気がしたよ」

「それは良かったね。ボクからも一つ訊いていいかな。君、三神麻里亜の友達なんだろう? 折角見ていたのにどうして土壇場どたんばの彼女を助けなかった? 物語の王道展開なのに」

 連城は少し押し黙って、

「そんなことか。ああ、それなら単純だ。このゲームの勝者は一人きりなのだろう? なら麻里亜くんは僕にとって最大の障害てきだ。僕は彼女を殺せないし、彼女は天地がひっくり返っても僕を殺しそうにないからね。人に無関心を装っているけど、あの子は本来誰よりも優しい子だから。まあ、我が助手には少し可哀想なことをしたとは思うがね」

「うわ。今の話を聞いて、さらに君への関心が高まったよ。まあ、せいぜいボクの期待を裏切らぬよう、邁進まいしんしてね」

 少女はそう言って中空へ消えていった。

「はあ。麻里亜くんに貸した本、高価なんだがなあ」

 連城恭助は三神麻里亜、いや三神麻里亜に貸した自身の古本をしのんで、紫煙をくゆらせた。

「さて、残りはどんな面白い人間がいるものやら。推理とは他人への飽くなき興味に端を発するもの。人間に興味がなくては、探偵は務まらないからな」

 連城恭助は気付かない。彼の想定をはるかに超えた運命が、今歩き出していたことを。


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