Ep.20-2 影との闘い
◇
「アマネくん……今すぐに死ぬのと、あと少しだけ足掻くの、どっちがいい?」
葉月は漫画に出てくる二流の悪役のような科白を僕に投げかけた。彼女の双眸には抑えきれぬ焦燥が滲んでいた。
「僕は……君に任せるよ」
今の僕に言えるのはそれだけだった。僕らを取り囲んだ影人間たちは、じわじわと包囲網を狭めてくる。手錠の数字は三分を割っている。
まさかアリスとの
アリスが再度二人に分身した時は目を疑ったが、それよりも驚くべきは分身したアリスの片割れが瞬く間に影に飲み込まれ、連れ去られてしまったことだった。僕たちはひとまずもう一方のアリスの片割れを確保したが、そちらは偽物だったのか、または術者であるアリスが危難にあっているからか、何も言わずに姿を消してしまった。本物のアリスでなくては手錠は解除できない。僕たちは慌ててアリスを飲み込んだ、一際大きな影を追跡した。その結果がこれだ。まさに飛んで火にいる夏の虫。僕たちは何重もの影人間の包囲網の中に閉じ込められていた。僕たちが影人間に追い詰められている間に、アリスを飲み込んだ影は畔上通信のビルの壁を這いあがり、獲物を主人の許へ届けんとしている。
「ごめんね、アマネくん。ちょっと無茶するね」
そう言って葉月は、竹刀を手錠の近くに当てがった。僕は咄嗟に止める。
「駄目だ葉月! 手錠を切れば爆発するってアリスが言ってたじゃないか!」
「うん、手錠を切ればね」
僕は葉月の言わんとするところを理解した。理解したくなかったけれど、理解してしまった。
「やめろ、やめてくれ、葉月!」
そう僕が叫ぶ間もなく、葉月は躊躇なく自分の左手首を切り落とした。
◇
「へえ、なかなか面白い展開になってるじゃあないか」
林立する摩天楼の一角に聳え立つクレーン車の中腹に
「どうやら今夜あたりかな、ゲーム序盤の
みかげは妖し気にくつくつと笑い、クレーン車から畔上通信のビルへと空を蹴って向かい始めた。
「楽しみだよ、ボクの愛すべき駒たち。とびっきりに異常なスタートを迎えた今回は、一体どんな旋律を奏でてくれるのかな」
彼女は知っている。彼女だけが知っている。このゲームの、本当の行き着く先を。
「さあて、何人
みかげは新しい玩具でも買ってもらった子供のように、無邪気な声でそう独り言ちた。
◇
そして、葉月の猛攻が始まった。切る、斬る、伐る。隻腕になったとは思えないほどに、彼女は鬼神のように影人間たちの林を伐採していた。まるで一つの竜巻のように、彼女の周りから影人間は根こそぎ弾き飛ばされていた。
葉月の権能、『
後ろから羽交い絞めにしてきた数十体目かの影人間の頭蓋を、葉月は容赦なく裏拳で粉砕した。彼女には最早、敵がかつては普通の人間だったという事実さえ抜け落ちている。ただの打ち倒すべき敵、目の前の障害。彼女は止まらない。僕は彼女の左手首を胸に抱きながら、獅子奮迅たる彼女の戦いを祈るように眺めることしかできなかった。くそっ、僕は何で見ていることしかできないんだ。どうして彼女と一緒に戦えないんだ。悔しさで、惨めさで、もどかしさで胸が張り裂けそうだ。どうして、僕はこんなにも無力なんだ――――!
手錠のカウントダウンが一分を割った。僕は葉月に叫ぶ。
「葉月、ここは僕がなんとかする! 君はアリスを救出してくれ!」
葉月は無言で頷き、そして畔上通信の本社ビルを登り始めた。壁の僅かな突起を蹴り上げて、掴んで。まるでロッククライミングのような要領で、垂直の壁を駆け上がるように影を追跡する。神業としか思えない。アリスの天馬がなくても、葉月なら屋上から攻撃をけしかけられたのか。
思考している暇はない。影人間たちの生き残りが、一斉に地上の僕に躍りかかってくる。僕は落ちていた鉄パイプを拾い応戦する。闇雲にパイプを振り回すうち、影人間を四体ほど戦闘不能に追い込んだものの、忽ちに僕の体力は切れてしまった。ふと手錠の時間を見ると残りは三十秒を割っていた。影人間が再び津波のように押し寄せてくる。ああ、万事休すか――――。
◇
如月葉月にとって、戦いは勝ち負けではなかった。ただ相手と真摯に向き合い、お互いを打倒せしめんと真っ直ぐに向き合う、それこそが葉月にとっての戦いのカタチだった。そこには相手以外の他者が干渉する余裕などなく、また彼女もそれを許さなかった。だが、今は違う――――。
あたしが早く
今では葉月の思考は「いかにアマネを救うか」に傾注していた。ゆえに彼女の強さは、これまでの彼女とは全く異なるものとなっていた。「自分のために戦う」のではなく、「相手のために戦う」のでもなく。「仲間のために戦う」。彼女の意思は揺るぎない一つの強固な
彼女の権能と彼女の意思。それらが一つに折り合わさり、彼女は尋常ならざる力をもって屋上へとたどり着いた。
そして、アリスを飲み込んだ影を一息に切り伏せる。
「寝てる場合じゃないわよ。早く手錠の鍵を寄越しなさい!」
アリスは不貞腐れたように鍵を手渡す。
「アマネくん!」
下界を見下ろした葉月の目に映ったのは、今まさに影へと飲み込まれようとしている周の姿であった。
◇
ああ……。もうダメなのか。
視界の端に夜空に瞬く無数の星が映る。 僕に、葉月のような強さがあれば……。
……………………。
そうか……。もしかして、これが僕の――なのか?
わかった、わかったよ。僕は、僕の
「
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