Ep.20-3 決戦の摩天楼
◇
悪魔オリヴィエは困惑していた。契約者であるアリスの気配から、何らかの異常事態が発生したことは感づけたものの、摩天楼へと赴いてみれば地上に
オリヴィエが屋上を目指し飛翔しかけたそのとき、異変は起こった。
◇
葉月は目を疑った。周はどちらかといえば頭脳派な方で、身体を動かすのは苦手、出来ても戦闘の補助がせいぜいだった。大人しいが理知的な少年、それが法条や葉月にとっての周の印象だった。しかし、今の彼は似ても付かない。迫りくる影人間たちを次から次へと素手で薙ぎ倒していく様は、まるで「月下美刃」発動中の葉月のようではないか。
疑念を抱いている暇はなかった。葉月はすぐさま傍らのアリスに命じる。
「今すぐに竜なり天馬なりを召喚してあたしを下まで運びなさい、さもないと殺すわ」
「わかった、わかったよ。……お姉ちゃん、あれだね。お兄ちゃんのことになると躍起になるんだね」
◇
体がまるで自分のモノでなくなってしまったかのように軽い。舞うように、踊るように、僕は影人間たちの群れを掻き分けていた。手錠の数字はあと二十。葉月はもうアリスを救出したころだろうか。果たして、間に合うか――――。
そんな都合の良い展開が長く続くわけもなく、僕の身体は急にバランスを崩した。権能は不意に解け、抵抗する気力も無くなり、荒波に揉まれることしかできなくなる。ああ、やっぱりダメなのか。今度こそ死を覚悟したそのとき、どこか遠くで声が聞こえた。僕の名前を呼んでいる。ああ、僕はこの声を知っている。懐かしくて、温かくて――――。
「……お待たせしました。私があなたの悪魔、×××です」
◇
体全体がどことない浮遊感に襲われ、僕の意識は揺らぐ。再び目を開けると目の前には呆然としている葉月とアリスがいた。轟々と風が吹きつけるここは、摩天楼の屋上?
……何が、起こった?
ことの次第を理解する間もなく、葉月は素早く鍵で僕の手錠を解除し、外へと投げ捨てた。手錠の数字は二秒の猶予を残したまま、虚空へと消えていった。
「……アマネくん、本当に、何でここにいるのか解らないけど、良かったよ、無事で」
葉月は目に涙を浮かべ、僕の身体をぎゅっと抱きしめた。彼女の体温と血の匂いが直に伝わってきて、僕の全身で血が逆流していくのが分かった。僕も葉月を抱きしめ返す。吹き付けるビル風がやけに傷に染みた。
どのくらいそうしていたのだろうか。僕と葉月は面を上げて見つめ合い、そして――――。
「あのね、そういうことは子供の前でしない方が良いと思うな」
アリスの言葉に冷水を浴びせられかけたように、僕たちは慌てて離れた。
「ご、ごめんねアマネくん。つい、安心しちゃったら、なんだか」
葉月が真赤になって弁明する。僕は彼女の言葉に何か返そうとして、自分たちが置かれている状況を見て、言葉を喪った。
ありきたりな表現だが。自分の力量を遥かに超えた課題を目の前に提出され、なおかつそれを乗り越えなければ死ぬとなったとき。人は初めて、絶望という言葉を使うべきなのだろう。
そして今がまさに、その時だった。葉月の身体は木の葉のようにそれの巨大な
「あーーあ。お兄ちゃんたちがイチャイチャしてるから、こんなことになっちゃったんだよ」
そういうアリスの声も震えていた。それはそうだ。ここまで圧倒的なものを見せられて、畏怖しない人間がいる筈もない。
巨人だった。畔上通信、地上七十二階よりもさらに一回りも二回りも大きな影の巨人が、僕たちの前に聳え立っていた。
◇
「法条さん、葉月さんたちが大変です! どうやらアリスちゃんを追いかけていたら白羊宮の悪魔に捕捉されたようで……今まさに葉月さんが戦ってます」
「全くあの子は……あれほど先行はするなと言ったはずなのにな」
しぐれはラプラスの悪魔を使って観測を行っていた。悪魔の能力を完全に使いこなせない彼女は、「数分遅れ」で葉月と周を襲った危難を観測していた。
法条は深くため息をつき、そしてしぐれに問うた。
「朱鷺山くん、君はどうしたい?」
「……助けに行きましょう。私たちの、大事な仲間を」
「ああ、そうだな。そう言うと思っていたよ。葉月君にも周にも、灸をすえなきゃならん。それまでは死んでも死ねんな」
二人は畔上通信へと歩を向けた。互いの決意を確認し合うように、そっと視線を交わし合う。
「法条さん、こんなこと言ったら変なんですけど。私少しワクワクしてるんです」
「ああ……実は言うと私もだよ。参ったな、死ぬかもしれない戦いに赴くところだというのに。八代みかげの稚気にでも当てられたのかな、私も」
「あの人……悪い人ではない気がします」
しぐれはそっと呟いた。
「朱鷺山くん、ひとつ忠告だ。善悪の判断は簡単に下すべきではないよ。法廷ですら、最後の瞬間に覆ることもある信用ならない概念だからね」
「法条さんらしいですね」
しぐれははにかんで言った。
「私……今まで自分が何も出来ない子だと思ってたんです。だから自分にも価値が見出せなくて。自信が持てなくて。でも、このゲームに参加してから少し、そういうわけでもないのかなって、思えるようになって」
その時、法条が低い声で呟いた。
「強いも弱いも、要不要も関係ない。人の命は平等だ」
「え……?」
しぐれは立ち
「あ、ああ……すまない、独り言だ。先を急ごう」
しぐれには法条の言葉が引っ掛かって仕方なかった。
◇
「あはは、獲物が沢山いるね、姉さん」
「殺しましょう、順番に、ひとりずつ」
「「
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