Ep.12‐2 復讐の女神たち

 物陰から姿を現したのは、先ほど葉月が逃がした人物だった。

「それは賛成できないな。公園から出た所で、奴らは市街地まで追ってくるぞ。ここで迎え撃とう。なに、私も加勢する。恐らく奴の目的は私だからな。三対一なら相打ちまでには持ち込めるだろう」

「あなたは……天秤宮ライブラ?」

 葉月は尋ねる。

「ああ、そうだ。私は法条暁ほうじょうあきら。しがない弁護士をやっている。そっちは宝瓶宮アクアリウス獅子宮レオだな。ここはひとつ、よろしく頼む」

 そう言って天秤宮は名刺を取り出し、葉月としぐれに手渡した。こんな窮地きゅうちでも作法を重んじる辺り、几帳面な性格らしかった。

「さて、戦力の確認だ」

 暁は言った。

「獅子宮、君の能力は肉体の強化らしいが、その傷ついた身体では復帰は見込めまい。君は後方で待機していてくれ」

「でも……」

「案ずるな。私に策がある。作戦を円滑にするためにも私の能力を明かしておこう。そして、悪魔もな」

 そして暁は自分の能力をしぐれと葉月に伝えた。

奇々怪々極まる能力だったが、それよりも異様だったのは悪魔だった。法条の周囲には、がふわふわと浮いていたからだ。

「なんで、なんで三体もいるんですか……?」

 驚きの声がしぐれから漏れる。

「そういう悪魔だからだそうだ。能力は。三体一組で召喚される悪魔らしい。名をフリアエ。位階は第七位、権天使プリンシパリティーズ。位階は高くないが、手数は増えるだろう?」

 フリアエ、またはエリーニュス。ギリシャ神話において復讐の女神たちと呼ばれる存在。彼女らは常に三体一組で行動する。三体で一体。そう運命づけられた存在だからだ。


「ちょっとアキラ、私たちを駒扱い? 少しは気を遣ってくれてもいいんじゃないの?」

 一番着飾ったリーダー格の悪魔(女神?)が難癖をつけると、いかにも女神というような、淑やかそうな外見の悪魔が返す。

「いまはそんなこと言ってる場合じゃないでしょう、アレークトー。暁さんは今大変なのですよ」

 するとまた常にまぶたを下げた、起きているか寝ているかも不明な悪魔がぼそぼそと言った。

「ティーシポネーの言う通り……今は、危機的状況だから……」

それを遮るのは最初に口を開いた派手な悪魔。

「メガイラは黙ってて!  いいことアキラ、私たちと契約した以上、簡単に負けるなんて許さないんだからね! しっかり勝ちなさいよ」

 派手に着飾ったリーダー格がアレークトー、お嬢様然としたのがティーシポネー、常に眠そうなのがメガイラ。しぐれは好き勝手に喚いている三体の悪魔たちを興味深そうに観察していた。

「緊張感のない連中だな、こんなんで大丈夫なのか」

 ベリアルが呆れたようにつぶやく。

「……と、そう言っている内に敵さんの登場だ。さっきと様子が違うようだが……気合いいれていけよお前ら」

 ベリアルが檄を飛ばす。広場の街灯が不気味に彼らを照らしていた。


「さて、第二幕だ。今度はお前も動け。我が契約者に相応しい働きを見せてみろ」

「あ、ああ……」

 白羊宮、成瀬雅崇は激しく動揺していた。こんなはずではなかったのだ。こんなことになるとは、命がけの戦いに身を投じることになるとは思っても見なかったのだ。成瀬はただ、法条に相対し得るほどの地位と権力が欲しかった。そんな彼が願ったのは、「現在勤めているIT企業の社長の座」だった。因果は捻じ曲げられ、彼は社長の座をほしいままにした。しかし望むだけの権力を得てなお、彼の心には拭えぬ劣等感がわだかまっていた。所詮は急づくりの地位と権力。彼はそれらを使いこなすだけの技量もなければ度胸もなかったのだ。もっとも、身の丈に合わぬ不釣り合いなプライドが彼の成功を邪魔していたことに、彼自身は全く気付く素振りは無かったのだが。悪魔に「神にしてやる」「何でも望みを叶えてやる」と言われ、その言に軽はずみに乗った自分を成瀬は激しく叱咤しったした。なぜ気が付かなかったのか。数多古の文学から、悪魔と契約した人間は碌なことにならないと相場が決まっていたではないか。


「最後の警告だ、成瀬。臆病なお前に戦いなど無理だ。今すぐ降りろ」

 法条の怜悧な瞳が成瀬を射抜く。

「黙れ法条! 私はお前を倒さなければならない。これはかつて一度もお前に勝てなかった私の、最後の矜持プライドだ。譲れない境界だ。お前が私を否定するというのなら、私はお前を倒し神になる、なってやる」

 白羊宮なるせは死に物狂いで叫ぶ。そうしなければ自分の存在価値を証明できないというように。そうだ、もう引き返せないのだ。一度決められてしまった運命には、もう逆らえないのだ。戦うしかない。戦って、法条暁に自分の価値を示すしか、彼に道は残されてはいない。

「権能――」

 成瀬は権能を発動しようとしたものの、ほんの一瞬の逡巡が彼の命脈めいみゃくを絶った。法条の方が一瞬早く、権能を唱え切った。

権能イノセンス――――『推定有罪バーニングコート』」

 そして、白羊宮、成瀬雅崇の天秤宮、法条暁への勝ち筋は永遠に失われた。

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