第181話 動向 動き出す者たち

話し合いが終わると

サーシャは、謁見の間を飛び出すと

メイドの案内に従い、グラウニーのもとへと向かった。


「こちらの部屋で、ございます」


メイドの言葉に従い、部屋の扉を開けて

中に入ってゆくと、グラウニーがベッドで、横たわっていた。


「グラウニー、気分はどう?」


「姫様・・・」


ゆっくりと、上半身だけを起こしたグラウニーが

謝罪を口にする。


「大切なお役目の最中、退席してしまい

 申し訳ございません」


「そんなこと、気にしなくていいわ。


 あの書状を、渡すことが出来た時点で

 貴方は、役目を果たしたのよ」


「ですが・・・・・」


「わかっているわ。


 返事よね」


「はい」


「それも、問題ないわ。


 この国と我が国は、同盟を結ぶことになったのよ」


その言葉に、グラウニーは、安堵の表情を見せた。


「では、お役目は、果たせたのですね」


「ええ、だから、帰るわよ」


「えっ!?」


「貴方は、馬車の中で、横になって

 ゆっくりと帰ってくればいいから」


「あ、あの・・・ご一緒では?」


「ええ、一緒に帰るわよ。


 ですが、私には、同伴者がおりますので・・・」

 

「同伴者?」


その言葉に、治まりかけていた頭痛が、復活する。


「あの・・・つかぬことを伺いますが

 その同伴者とは?」


「ダバン様よ」


わかっていたことだが、

改めて、本人の口から、その名を聞くと

頭を悩ませた。


「姫様は、分かっていると思いますが

 かの者は、ヴァイス家の従者であって

 貴族ではございません」


「ええそうね」


「ならば、お分かりでしょう。


 王族と平民では、婚儀を結ぶことは出来ませぬ」


「その事なら、理解しているわよ。


 ですが、グラウニーは、間違っております」


「私が、間違っている・・・」


「ええ、ダバン様は、『獣の王』でもあることを

 忘れているでは、ありませんか?」


「確かに、あ奴は・・・・・そうかもしれませんが

 それでも・・・・・」


グラウニーの言葉を遮るように、

サーシャは、懐から、ハンカチを取り出し

グラウニーに見せた。


「この紋章、貴方も知っているわよね」


「勿論ですが・・・!!!」


サーシャが見せているのは、王家の紋章。


そして、その真ん中に描かれているのは、キングホース。


「これを見ても、まだ、反対するのかしら?」


「それは・・・・・」


グラウニーは、溜息を吐く。


「わかりました。


 元々、私は、反対というわけではありません。


 ですが、諫める立場にありますので

 このような態度を取りました。


 後の事は、姫様にお任せ致しますので

 うまく陛下を、説得なさいませ」


「ありがとう。


 頑張るわ」


その言葉を最後に、

サーシャは、笑みを浮かべたまま

部屋を出て行った。


それから暫くして

準備を終えた2人が、中庭に姿を見せる。


「あ、来た来た」


笑顔で迎えるエンデ達の後ろには

アンドリウス王国の馬車と、漆黒の肌を持つキングホースの姿があった。


「ダバン様・・・・・」


漆黒の肌に、浮き彫りになった筋肉のフォルム。


そして、以前よりも、一回り程大きくなったダバンの姿に

サーシャは、見惚れてしまい、ただ、呆然としている。


そんなサーシャの脳裏に

ダバンの声が届く。


『サーシャ、準備は出来たのか?』


その声で、我に戻ったサーシャ。


「・・・・・凄い。


 エンデ様は、こうして話をしていたのですね」


「ああ、そうだ・・・・・

 それより、準備は出来たのか?」


「はい」


『では、出発するぞ』


「はい」


ダバンが膝をつくと、サーシャは、

寄り添うように腰を下ろして、凭れ掛かった。



知らぬ間に、二人だけの世界を醸し出しているダバンとサーシャ。


その様子を見ていたエブリン達は、流石に雰囲気を壊そうとは思えず、

黙って見守っていたのだが、

恋愛に疎いエンデは、気にも留めず、前へ進み出ようとした。


しかし・・・・・


「ちょっと!

 待ちなさいよ!」


襟首を掴まれた。


「お姉ちゃん、何するんだよ!」


文句を言うエンデに、エブリンが言い放つ。


「あなた、あの様子を見て、何とも思わないの?」


睨みつけられ、たじろぐエンデ。


「もしかして・・・・・行ったら駄目なの?」


はぁ~と、エブリンが溜息を吐くと

その横に、シャーロットが並び、口を開いた。


「エンデ様は、もう少し、気を配った方が良さそうですね」


エブリンに、同調する言葉に

エンデは、肩を落とす。


「僕だって・・・・・」


いじけた素振りを見せるエンデの頭を、

エブリンが優しく撫でる。


「まぁ、これから学べばいいのよ。


 それに、エンデに恋愛なんて・・・・・・まだ早いわ!」


「お姉ちゃん・・・・・」


結局、エンデに甘いエブリンだった。



その後は、何事もなく進み、

サーシャを乗せたダバンは、グラウニーの乗った馬車と共に

アンドリウス王国へと旅立った。


ダバン達を見送った後、

ゴンドリア帝国に、残ることを決めたエンデ達には

やることがあった。


それは、この国の建て直しである。


「僕たちも、始めようか」


「ええそうね、

 ホルストも、お願いね」


「はい、お任せください」


この国の立て直しの為に、指揮を執るのは

当然、エンデではなく、シャーロットとエブリン。


力は無くとも、知力に長けている2人の見せ場である。




こうして、ゴンドリア帝国の再建に、動き始めた頃

天界でも動きがあった。


きっかけは、1体の精霊。


過去にも、天使族や悪魔族と、

良い意味でも、悪い意味でも、仲の良い精霊はいたが

今回は、悪い方。


精霊界から、こっそりと抜け出した

闇精霊の【アビズ】は、

魔族の領域にあるアガサの屋敷に赴いていた。


そして、いつものように、使用人に入れてもらった

花から採取した蜜の入った紅茶を

アガサと共に、楽しんでいる最中

突然、アビスが、怪しい笑みを浮かべて、話しかける。


「爺ちゃん、いい事教えてあげるよ」


「いい事じゃと?」


「うん、今ね、人間界に悪魔が出現しているみたいなんだ」


眉唾とも思える話だが、悪魔が出現していると聞けば

見過ごす訳にはいかない。


真意を確かめる為にも、話に乗る。


「それは、本当に悪魔なのか?

 お主も知っておるだろうが、

 儂ら悪魔族や天使族は、この身で地上界には降りることは出来ぬ。


 それを知っておるお主は、本当に、そ奴が悪魔だと思うのか?」


「う~ん・・・・・

 わからない。


 でも、女王様も精霊回廊まで創って、地上界に降りたんだよ。


 だから、僕は、本物かも知れないなって・・・・・」


──あの精霊女王までもが・・・


精霊女王、自らが出向いたとなれば、あながち嘘とは思えないが

地上界に降りて、確かめる術がない。


そう思ったのだが、アガサは、先程のアビズの言葉を思い出す。


──ルンの奴が、精霊回廊を創ったと言っておったな・・・・・・


精霊の体を奪い、精霊回廊を通り抜ければ、

力を温存したまま、地上界に赴くことが出来る。


思わず、ニヤけそうになるアガサは、グッと堪えて席を立つ。


そして、おもむろに奥の戸棚の前へと進み、

引き出しを開けると

そこから深紅に輝く宝石を取り出した。


それを、手に持ったままアビズの元へと戻り、口を開く。


「アビズよ、お前に頼みがあるのだが・・・・・」


「ん?

 なに?」


「今回の事だが、もう少し詳しく聞きたいのだ。


 それでだが・・・・・」


持ってきた深紅に輝く宝石を、テーブルの上に置いた。


「うわぁ~」


深紅に輝く宝石に目を奪われているアビズに

アガサが告げる。


「もし、仲間を呼んで、もう少し、詳しく話を聞かせてもらえるのなら、

 これをお前にやろう」


その言葉に、思わず、顔を上げるアビズ。


「ほ、本当に、これをくれるの?」


「ああ、嘘は言わん。


 だが、出来るだけ多くの者たちから話が聞きたいが、出来るか?」


「うん、任せてよ!

 こう見えても、僕は友達が多いんだよ!」


「そうか、そうか、それでは任せたぞ」


「うん、任せてよ!」


アビズは、深紅の宝石を万能袋に収納すると、

そそくさと退散した。


その姿を笑みを浮かべて、見送るアガサ。


──真意は、どうあれ。


 これで、我らも、人間界に降りることが出来る。


 そうなれば・・・・・


アガサの思惑など知る由もない、アビズの姿が見えなくなると

執事の【モス】を呼びつけた。


「旦那様、お呼びでしょうか?」


「ああ、ちと、面白い事になってな」


アガサは、モスに事の成り行きを話し、

部下を集めておくようにと、指示を出した。



それから数日後、

アガサの屋敷には、アビズが連れて来た

闇属性の精霊達の姿があった。


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