第90話 王都騒乱 逃げ惑う男

ラザードとの戦いから始まった戦闘の音は、

謁見の間まで、届いており

轟音や揺れが伝わる度に、

ガルバンに、焦りと動揺を誘っていた。


「お、おい、戦況は、どうなっている?

 何故、誰も報告に、来ないのだ?」



子飼いの貴族たちは、それぞれの場所に配置されており、

謁見の間に残っているのは、護衛の兵士のみ。


その為、ガルバンの叫びは、空しく響くだけで

誰からも返答はない。


そんな中、再び謁見の間に響く戦闘の音。


同時に、城が揺れた。


戦闘の音が止む度、次の戦闘の音が大きくなり

謁見の間に、近づいていることがわかる。


──どうして、こうなった・・・・・

  このままでは、今までの私の苦労が、水泡に帰するはないか・・・・・

  何か、何か、打つ手はないのか・・・・・


焦りながらも、必死に考えを巡らせていたガルバンは

ある人物を、思い出した。

  

「【ホルスト】魔法士団長からの連絡は?

 まだ戻って来ないのか!?」


遠征に出ている魔法士団の報告は、まだ届いていない。


──彼女が知れば、必ず駆け付ける筈だ・・・・・・

  ならば・・・・・


ガルバンは、謁見の間を飛び出し、

転移装置のある塔へと向かう。


転移装置があるのは、皇族の王宮側であり

誰でも、入れる場所ではない。


それに、この塔に入るにも、

転移の術を使うにも

『皇族の血族であるあかし』が必要なのだ。


あかしとは、『血』である。


魔法士団長と騎士団長は、万が一に備え

常に、首からぶら下げている水晶の中に、

その『血』を持っているが、ガルバンは、持っていない。


その為、謁見の間を飛び出したガルバンが、

最初に向かったのは、

皇族を監禁している王宮。


城の廊下を、走っていても、

時折、城が揺れ、戦闘の音が聞こえてくる。


──あまり時間が無さそうだ・・・・・・


王宮へ入ると、とある部屋の前で立ち止まる。


「開けろ」


その言葉に従い、扉の前で警備をしていた兵士が

開錠し、扉を開けた。



部屋の中には、王妃である【シルーゼ】ゴンドリアに続き、

ラフィーゼ ゴンドリア、長男の【セントラーゼ ゴンドリア】

次男の【コルコッド ゴンドリア】の他に、3人のメイドがいた。


辺りを見渡した後、ガルバンは、少年に目をつける。


「おい、お前ちょっと来い!」


ガルバンは、次男であるコルコッドの手を強引に引き

部屋を出て行こうとした。


「ガルバン様、お待ちください!」


「うるさい!

 メイドの分際で、この私の邪魔をするな!」


コルコッドを助けようとした、

メイド長の【マリーゼ】だったが、

ガルバンに、突き飛ばされた。


「マリーゼ!」


王女のラフィーゼが、

マリーゼに近づき、抱き起すと

その状態のまま、ガルバンを睨み、言い放つ。


「関係の無い者に、手を出さないで下さい!」


「うるさい!

 この私の邪魔をするな!

 いずれ、お前は、この私の物になるのだ、

 逆らう事は許さぬぞ!」


そう言い放った後、

ガルバンは、再び、コルコッドの腕を引き、部屋を出た。


ガルバンが部屋を出ると、

待機していた警備の兵士達に告げる。


「鍵をかけろ」


「はっ!」


この者達は『王家を守る』という名目のもとに警護をしているが、

実際は、ガルバンの息の掛かった者達で

王家の者たちを監視し、誰も逃げ出さないようにしているのだ。



コルコッドの目の前で、再び施錠がされる。


「母上・・・・・・」


まだ幼いコルコッドは、部屋の扉を眺めていたが

感傷に浸る暇など、

ガルバンが、与える筈もなく、直ぐに腕を引く。


「早く来い!」


再び、少数の兵士とコルコッドを引き連れ、                                                                                                                                      転移装置のある塔を目指すガルバン。


王宮の裏口から、城の外に出ると

そこには、城の周囲を徘徊していた一頭のオオカミ魔獣の姿があった。


「ガルバン様、お逃げください!」


兵士達は、身を挺してガルバンを守る為

オオカミ魔獣の正面に立つ。


「おまえはこっちだ!」


「痛いっ!」


強引に、手を引いたガルバンは

この隙に、コルコッドを引き連れ、転移の塔に向かって走った。


強く握られた腕の痛みに耐え切れず、

思わず、足を止めそうになるコルコッドだったが

ガルバンが、それを許しはしない。


「いいから走れ!」


腕を掴む手に、さらに力を込めて、強く引っ張る。


目に涙を浮かべながら、必死で走るコルコッド。


兵士達の犠牲のもと

転移の塔の入り口に辿り着くと

ガルバンは、握っている腕を強く引き、

コルコッドを正面に立たせた。


そして、取り出した短剣で、

掌に、傷をつける。


線のように斬られた傷痕から、薄っすらと血が滲む。


その掌を、転移の塔の扉にある紋章に押し当てると、

『カチッ』という音と共に、扉が開いた。


「早く入れ」


背中を押し、コルコッドを、塔の中に放り込むと

ガルバンも、急いで塔に入り、扉を閉めた。


──ここまで来れば、もう、大丈夫だ・・・・


転移装置があるのは、この塔の最上階。


額の汗を拭い、一息ついた後

ガルバンは、再び、コルコッドの腕を引く。


「さぁ、行くぞ」


疲れているコルコッドを強引に立たせると、螺旋階段を駆け上がる。


塔には、窓が無い。


だが、動く者を感知し、灯りが点く仕掛けが施してあるおかげで、

足元が見える程度の灯りはあった。



最上階に辿り着くと、部屋の扉を開けた。


部屋の中にあったのは、一本の大木に似た不思議な何かと、

複雑な紋様の描かれた魔法陣。


部屋は静まり返っている。


「ホルストは、まだか・・・・・・

 まぁいい、最悪、この転移装置を使って逃げればいい」


ガルバンは、そんなことを考えながら

暫くは、ここで待機し、ホルストを待つことにした。



この部屋に辿り着いたことで、

今すぐにでも、逃げることは出来るが

そうしてしまうと、

この国が手に入らなくなる。



強欲なガルバンとしては、それだけは避けたい。


今までしてきたことが、全て無駄になるのだから・・・・・。



そんなことを考えていると、

大木に似た不思議な何かが、緑色の光を放ち始める。


「ん、来たか・・・」


ガルバンの言葉通り、大木に似た何かに続き

魔法陣が輝きだす。



すると、大木に似た何かに、扉が浮き上がる。


そして、その扉が開くと、中から1人の女性が姿を現した。


彼女は、ホルスト魔法士団長。


ハーフエルフという稀有な存在だ。


また、彼女は、皇帝に仕えているというよりは、

この国、そのものに仕えているような存在なので

誰が国王になろうとも気にも留めていない。


ただ、国を破壊するようなことだけは

誰であろうと、許さない。


ガルバンも、その事は理解していた。


姿を現したホルストに、ガルバンが声を掛ける。


「ホルスト魔法士団長、待っていたぞ」


「ガルバン殿・・・・・・」


ホルストは続けて問う。


「・・・・・何があったの?」


「この国の一大事なのだ。


 アンデットを連れた何者かに、襲撃を受けている。


 貴殿の力を借りたい」



「わかった、ここで待っていて・・・・・

 それとも・・・・・ついてくる?」



「いや、貴殿の足枷にはなりたくないので、遠慮しておこう」



「そう・・・・・わかった・・・・

 みんな、行くよ」


ホルストは、見えない何かに話しかけた後

転移装置のある部屋から出て行った。




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