第188話 配下

黒い塊の中は、霧がかかっており

視界が悪い。


「しっかり私の後をついてきてね」


ルンは、皆に声をかけると、迷いなく進み始める。


その後ろを、警戒しながら、後に続くエンデ達。



暫く進み、目が慣れてくると、少しだが、足元が見えてくる。


薄っすら見える大地は、湿り気を帯びており

歩きにくい。


また、その他の部分は、真っ黒で何も見えないが

エンデは、この場所に、心当たりがあった。


━━━あっ、そうだここ・・・・・


以前、悪魔と戦ったことのある嘆きの沼だと

気付いた。


今、エンデ達は、その沼の真ん中を歩いているのだが、

1つだけ、以前と違うところがあった。


それは、周りから、呻き声のような声が聞こえていることだ。


その声に、エンデは、警戒しながら

辺りを見渡すが、ルンは、気にする素振りも、みせない。


「ねぇ、ルン。


 ここって、『う~う~』五月蠅いところだったんだね」


「いえ、普段は、これ程、五月蠅いことはないわよ」


「そうなんだ。


 なら、今日は何で?」


「それは、エンデ、

 貴方が来たからよ」


「えっ!

 僕のせい?」


「そうよ、貴方は、この沼の主みたいなものだからね」


「僕が・・・・・」


「うん。


 まぁ、正確には、魔王ベーゼが主だけどね」


ルンは続ける。


「この嘆きの沼は、生きているの。


 だがら、ベーゼと似た魔力を持つ

 貴方に反応して、声を上げているの。


 正しくは、魔王の帰還を歓迎しているんだよ」


「魔王の帰還って、僕は人族だよ」


「いやいや、貴方は気付いていないの?

 今の君の姿、完全に悪魔だよ」


「えっ!?」


エンデは、自身の手を見ると

その手は、人族の手と違い、爪は伸びていた。


また、肌の色も変わっている。


「これってもしかして・・・・・」


「主様の姿は、完全に悪魔です」


驚きもなく、淡々と告げるホルストの言葉を聞き

エンデは、自身の両手を、眺めた。


──ああ、またあの姿になったんだ・・・・・


セグスロードとの戦いで見せた、

精悍な顔つきの、角を生やした姿。


魔王ベーゼと、瓜二つと言われたあの姿になっていたのだ。


「この地の瘴気にあてられたら、その姿になるのも当然の事よ」


ルンの言葉に、ウンウンと頷くマム。


「そっかぁ、それなら」


「あ、主様!」


エンデは、ホルストを抱きかかえると、空へと上がった。


「これなら、道を外すこともないし、

 ルンがもう少し、速度を上げても、ついていけるよ」


「あっ!

 ちょっと!!」


慌てて止めようとするルン。


マムも、『やっちゃった・・・・・』と言わんばかりに、頭を抱えている。


「2人とも、どうしたの?」


「あのねぇ・・・・」


ルンは、嘆きの沼の水面に向けて、指を差した。


「ん?

 なにかあるの?」


呑気に訪ねてきたエンデの視界に

動く何かが映る。


「こんなところにいたのね・・・」


ルンに、慌てる様子はないが

ただ、その光景に、引き攣った笑みを浮かべていた。


その間にも、動く何かは、徐々に増えていく。


「ルン、これ、どういうこと?」


皆が足を止めて、その光景を眺めていると

ルンが、再び、口を開いた。


「あれは、魔王ベーゼの配下。


 貴方の魔力が、拡散したせいで、目を覚ましたのよ」


その言葉の通り、魔王ベーゼと同じ魔力を持つエンデに魅かれ

嘆きの沼で眠っていた配下の者達が、

主の生還を歓迎するために目を覚ましたのだ。


次々に沼から這い上がる配下達。


「えっ!

 どうしよう・・・」


驚きを隠せないエンデ。


頭を抱えるマム。


ルンに関しては、もう、諦めている。


そんな中、沼から這い上がった1人の悪魔が、エンデの前で膝をついた。


「ベーゼ様、ご帰還おめでとうございます」


「えっと・・・・あの・・・・・」


「あの時は、助けることも出来ず、

 ただ見守ることしか出来なかったことをお許しください」


「あの・・その・・・・・」


「ですが、二度と、同じ過ちは犯しません。


 今後は、しっかりと、お守り致します」


「ちょっと、待ってよぉぉぉ!」


「え!?」


配下の言葉を、なんとか中断させることができたエンデが告げる。


「水を差すようで悪いんだけど、僕は、ベーゼじゃないよ」


「えっ!?」


その言葉に、這い上がっていた悪魔達の動きが止まる。


「いったい、どういうことでしょうか?

 お言葉ですが、そのお姿と魔力は間違いなくベーゼ様のもの。


 執事をも務めたこの私が、間違えることなどありません!」


「そうかもしれないけど・・・・・」


エンデは、ルンに助けを求めると

仕方がないとばかりにルンが近づく。


「久しぶりだね【ゴージア】」


「精霊女王様、ご無沙汰しております」


「うんうん、久しぶり。


 やはり、みんなここに隠れていたんだね」


「はい、隠れていたというより、この沼で、眠りについておりました。


 ですが、ベーゼ様の魔力を感じ、こうして、眠りから目覚めた次第でございます」


ゴージアとルンが話をしている間に、目覚めた悪魔達は、

ゴージアの後ろに並び、ゴージアと同じように膝をついて待機し始めた。


「全員が、姿を消したと聞いたときは驚いたけど、ここまでするなんて・・・・・

 君たちの忠誠心には、本当に、頭が下がるよ。


 でもね、この子は、ベーゼではないんだ」


「で、ですが・・・・・」


「うん、言いたいことはわかるよ。


 でも、本当に違うんだよ。


 まぁ、全く関係ないわけではないんだけどね」


「それは、どういうことでしょうか?」


悪魔達は、一斉に顔を上げ、視線を集中させる。


「彼の名は、エンデ。


 魔王ベーゼと天使ノワールの間に生まれた子さ」


「な、なんと!!」


『天使との間の子だと・・・・・』


膝をついて待機していた悪魔達の間で、ざわめきが起きる。


流石に、悪魔と天使の間に出来た子だと聞けば、誰だって驚きもするが

ゴージアだけは違った。


「そうでしたか、やはりノワール様との間に、お子を儲けておられたのですね」


「あまり驚かないんだね」


「はい、私は存じておりましたので」


「そうなんだ。


 だったら、話は早いわ」


「はい、そのお言葉を聞き

 エンデ様のことも、白い翼の意味も、理解することが出来ました」


「うんうん、それで、この後、どうするの?

 歪な子として始末する?

 それとも、見逃す?」


ゴージアは、首を横に振る。


「エンデ様には、新たな魔王として、この地を治めて頂きます」


「は?」


「えっ?」


「この地に残って頂き、ご帰還を盛大に祝い、

 この地を治めて頂こうかと・・・・・」


「ちょっと待って、それ本気なの!!!」


「ええ、勿論です。


 ここにいる者達の総意で御座います」


「他の魔王が黙っていると思うの?」


「いえ、それなりの騒ぎもあるでしょうが、

 今度は必ず、私共が、お守りして見せます」


──ああ、これは、本気だわ・・・・・


ゴージア達は、既にエンデを、次期魔王として認めている。


このまま放っておけば、先に進むことは難しい。


だが、ルンも譲る気はない。


「どちらにしろ、今は無理。


 人間界に連れて帰る約束もあるし、この子の意見も聞いていないわ。


 あなたたちだって、無理強いするつもりは無いんでしょ」


「それは勿論で、御座います。


 ですが、出来る限りの努力はさせていただきます」


「努力ですか・・・・・」


悪魔の努力なんて、碌な事ではないと知っているルンは

エンデに耳打ちをする。


「このままだと、あいつら引かないよ。


 それで、提案なんだけど、たまに顔を出すことは出来る?」


エンデなら、黒い塊を出せば、いつでもここに来ることが出来る。


それがわかっているからこその提案。


「うん、せっかく目覚めたのに、このままだとなんか悪いし、たまにならいいよ」


「わかった」


ルンは、ゴージアへと向き直る。


「人間界の事もあるし、色々とやることがあってさ、

 すぐには無理だけど、顔を出すくらいなら出来るって」


「今は、それで構いません。


 人の寿命は短いもの。


 その後でも、お戻りいただけるのであれば、

 私共は、お待ちしております」


「物分かりがよくて助かったよ。


 じゃぁ、そういう事で・・・・・・」


ルンたちは、動き始める。


しかし・・・・・


「お待ちを・・・」


「ん?」


「どちらに向かわれるのでしょうか?」


「精霊界だよ」


「左様ですか・・・・・」


ゴージアが立ち上がる。


「ここは、魔族のテリトリー。


 精霊の貴方たちだけでは、何かと不便でしょう。


 ですので、途中まで、私共が、お送り致します」


ゴージアが、合図を送ると、

悪魔達が周りを囲み、隊列を組む。


「それでは参りましょうか」


ゴージアを筆頭に、蘇った悪魔達は、

精霊界までの案内を始めた。




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