第80話ゴンドリア帝国へ  国境を越えて



薄っすらと覚えていることを

ダバンに跨りながら、辿たどる。


確かに、エリゴの一撃で、意識を失った。


だが、その後、薄い霧の中である夫婦に出会い、

不思議な感覚に、陥り、色々教わった。


そして、最後に、

女の人が『また、会えたらいいわね・・・・・』といった後の事。


突然、尾を曳いているような黒い魂と白い魂の集団が現れて

自分の中に入ってきた。


そして、その魂が、体中を駆け回ったせいで、

また、意識を失ったのだ。



──あの時の黒い魂と白い魂って・・・・・


今なら、わかる。


あの魂は、魔法。


記憶の中にあり、忘れていた魔法だ。


今なら、その使い方も、戦い方も理解できる。


エリゴを倒したのは、光の魔法。


知らなかった力に目覚めたエンデはワクワクすると同時に、

今回は、あの夫婦に、助けられたのだと理解し

反省した。


同時に、気にかかったこともある。


──あの悪魔は、何処から来たんだろう・・・・・・


エンデは、今回のことで、使い方も、粗方あらかた、理解したが

細かな部分までは、理解していなかった。



エンデの使った『黒い塊』から『黒い霧』を発生させた魔法。


それは、生贄を与えて、魔界から呼び寄せる事の出来る『召喚魔法』だと

エンデは気付いていない。


今回、エンデが呼び寄せたのは、魔界のベーゼの領地にある

深い森の奥に存在する『嘆きの沼』。


そこには、血肉に飢えた亡霊たちが住んでいるといわれているが

本性は、特異性を持つ悪魔スライムの亜種。


核も見えず、何処で判断しているのかも不明だが

意思の疎通は、できている。


また、血肉を好物としているが、他の物も食べる。

所謂、雑食なのだが、唯一、手を出さないのは、

魔王ベーゼとその配下達。


ただ、例外として、

普段なら、ベーゼと同族である悪魔族は食さないが、

大きな傷を負っていたりすると、

獲物とみなし、襲い掛かるのだ。


今回、エリゴが襲われたのもその傷のせいだった。


色々考えながら、ダバンに乗っていると

とうとう、エンデ達は砦を抜けた。


「ここからゴンドリア帝国の領地だね」


何事も無かったかのように明るく振舞うエンデ。


対照的にエブリンの表情は暗い。


「お姉ちゃん?」


「・・・・・エンデ、あのね・・・・・」


エブリンは、砦で意識を失っていたエンデの事を、気にしていた。


見てはいないが、『危なかったのでは?』と考えると

自然と表情が暗くなってしまう。


思わず、本音が漏れる。


「あまり、一人で、無理をしないで欲しいの」


普段と違い、弱気な発言をするエブリンに、エンデは困惑した。


「お姉ちゃん、何か変な物でも食べたの?

 それとも、お腹が痛いの?」


「・・・・・・」


無言のまま、エンデを睨みつける。


──私が、こんなに心配しているのに・・・・・・


エブリンは、大きく息を吸い込み、深呼吸をした後

『キッ!』とエンデを睨みつける。


「私が、間違っていたわ。


 エンデ、これからは、1人で突っ込まない、突っ走らない。


 いい?

 わかったら、返事!」


いつものエブリンに戻ると、エンデは、笑顔で答える。


「うん。


 わかったよ」


「絶対だからね!

 約束よ」


エンデは、再び頷く。


そんな姉と弟のやり取りを見ていたダバンは、溜息を吐いた。




砦から離れ、しばらく進んで行くと、

ゴンドリアの兵団が、こちらに向かって来る姿が見えた。


兵団からも、エンデたちの姿は見えているだろうが、

馬に乗った子供たちだと思っているのか、警戒した様子はない。


「正面から、ぶつかりそうだね」


エンデも、あまり気にも留めていない様子。


「そうね・・・・・」


見渡す限り、障害物となりそうな物の無い草原。


──どうしようかしら・・・・・・


思案するエブリンを他所に、ダバンがエンデに声を掛ける。


「主、ここはお任せを」


「ん?」


「2人共、しっかり掴まって下さい」


2人は、体勢を低くし、ダバンにしがみついた。


「では・・・・・」


ダバンは、速度を上げて、駆け出した。


ここは、遮蔽物の無い草原。


徐々に加速するダバン。


敵の兵団に、迫る。


流石に兵団も、ダバンに気付く。


「あれな、なんだ?」


「馬?・・・・・」


「おい、こっちに向かって来るぞ!」


指揮官が、大声で叫ぶ。


「態勢を整えよ!


 全員、攻撃態勢!」


指示に従い、一斉に動き出す兵士たち。


だが、もう遅い。


目の前まで迫っていたダバンは、

そのまま敵陣に突っ込んだ。


ダバンの起こした風により、兵士達には、成す術がない。


中には、吹き飛ばされる者までいた。


兵士達の叫び声が響く中、

ダバンは兵団を突っ切り、そのまま走り去った。





ダバンが去った後、そこに残されたのは、散り散りに引き裂かれ、

壊滅に追い込まれたゴンドリアの兵団だけだった。


完全に、距離が取れたところで、ダバンが速度を落とす。


満面の笑みで、喜びを表すエンデ。


「凄かったね!


 『ビュー』って進んで、『ぶわぁ』って吹き飛ばされてたよ」


いまだ興奮しているのか、ダバンの上ではしゃいでいる。


そんなエンデの様子に、

ダバンも、誇らしげな表情を浮かべながら、ゆっくりと歩を進めた。



どこまでも続く草原。


日が傾き始めた頃、エンデたちは、今夜の寝床となる場所を探す。


「どこにする?」


辺り一面が草原の為、これといった場所が見つからない。



平地だと、獣や兵士に襲われた時に、逃げる場所も、隠れる場所も無い。


その為、出来るだけ安全な場所を探してみるが、

唯一、見つけることが出来たのは、1本の大木だけだ。


「仕方ないわね、あの木の根元で、今夜は、休みましょ」


エブリンの言葉に従い、3人で大木に向かった。




その日の深夜・・・・・


遠くから、エンデたちを監視する者の姿があった。


遭遇した兵団の生き残りである。


ダバンのおかげで、ゴンドリア帝国の兵士をふりきったのだが、

その後、彼らは、エンデたちを捕える為、

引き返し、捜索に当たっていたのだ。



そして、発見すると、数人の兵士が本隊への報告に向かい、

残った者たちが、監視をしていた。




隠れて監視をしているのだが、

ダバンには、その足音や声、全て聞こえている。


──主を起こすほどの事でもないな・・・・・・


ゆっくりと体を起こした。


そして、2人が寝ている事を確認した後、ダバンは動いた。


彼らの視界から外れるように、一度は、全く違う方向に駆け出し、

奴らの背後に回り込む。




当然、監視していた兵士たちは、1人足りない事に気が付くが

その時には、すでに遅く、

ダバンは、監視者たちの背後にいた。


「おい、そこで何をしている?」


背後から声を掛けられ、『ビクッ』と体を震わせ、振り向く。


「貴様、いつの間に!」


思わず、声を上げた瞬間、

ダバンが蹴りを放った。


蹴られた兵士は、『ピクピク』と痙攣している。


「ひぃぃぃぃぃ!」


慌てて、その場から、逃走する兵士。


しかし、ダバンが見逃すはずがない。


逃げ出そうとした兵士は足を刈られて、動きを封じられた。


監視者は、5人。


2人を倒したので、残るは3人。



逃げる事は不可能だと悟った兵士たちは、

戦闘態勢を取った。



「三方から攻撃するぞ。


 お前は、右。


 お前は、左。


 俺は、正面から行く。


 合図で、行くぞ!」


「「おう!」」


3人は、作戦を立てるが、ダバンに、丸聞こえである。


──こいつら、馬鹿なのか・・・・・・


そう思った瞬間、3人が動く。


『今から攻めますよ』と言わんばかりに声を上げ、

ダバンに襲い掛かるが

タイミングも攻撃方法もわかっていては、

ダバンに敵う筈もなく、呆気なく倒された。


「さて、主たちは・・・・・・」


ダバンが寝床にしている大木に戻ってくると、

エンデたちは、ぐっすりと寝ていた。


「良かった・・・・・」


兵士たちが声を上げたことで、

エンデたちが、起きてしまったのではないかと気にしていたのだが

寝ている姿を見て、安堵の表情を浮かべる。


「では、俺も」


ダバンは、木の根元に腰を下ろすと、ゆっくりと瞼を閉じた。


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