第159話 貴族の結束 旅立ち

呆然と立ち尽くしていた貴族達に、アリアンヌが声をかける。


「ご案内いたします。


 こちらへどうぞ」


目の前に光景に動揺も見せず、淡々と告げるメイドのアリアンヌに、

『この屋敷の人間は狂っているのか?』とさえ思ってしまう。


ウオッカ男爵は、『ああ・・・』とだけ告げ、

アリアンヌの後に続き、奥に進むと

何処にも、戦闘の跡などなく、

まるで、何事も無かったかのような状態で、

塵1つ無く、穏やかで、いつもの日々に戻った気さえした。


そんなことを思いながら進んでいると

アリアンヌが、足を止める。


「こちらで、主がお待ちです」


アリアンヌが扉を叩き、声を掛ける。


「お連れしました」


「うん。


 入ってもらって」



気の抜けそうになる子供の声に、貴族達は、顔を見合わすが

その相手が、エンデだとわかっているウオッカ男爵だけは、

緊張していた。


それもその筈。


ウオッカ男爵は、エンデと交わした約束を、何一つ守れていないのだ。


「し、失礼致します」


ウオッカ男爵を先頭に、案内された部屋に足を踏み入れると、

そこは、応接室などではなく、食堂だった。


来客を持て成すのであれば、それなりの場所に招く筈なのだが、

ウオッカ男爵を筆頭に、貴族達は

食堂に案内されたことに、驚きを隠せない。


「食堂だと・・・・・」


同行した貴族の呆れたように漏らした言葉に、ウオッカ男爵が反応する。


「おい、口を慎むんだ」


「も、申し訳ない。


 だが・・・・」


「外見で判断していると、

 貴殿も、ノース殿と同じ目に合うかもしれぬぞ」


「そ、そうだった。


 気を付けよう」


「ああ・・・」


ウオッカ男爵と同行した貴族が、そんなやり取りをしているにも関わらず

エンデは、気にする素振りすら見せない。


ただ、テーブルに料理を並べながら、談笑している。


すると、ここまで案内をしてきたアリアンヌが、咳払いをして

エンデに促す。


「『コホンッ!』旦那様・・・・・」


アリアンヌの声に、エンデは顔を上げ、

ウオッカ男爵達に『開いている所に座って』と

挨拶もせずに告げると、エブリンが𠮟責する。


「きちんと対応しなさい。


 貴方は、この屋敷の主ですよ」


「ごめんなさい・・・・・」


改めて、エンデは、ウオッカ男爵達に向き直ると

言葉を掛けた。


「ウオッカさんだったかな。


 色々と言いたいことはあるけど、今は空いている席に座って

 食事でもどうぞ」


エンデが、そう告げると、エブリンから『自己紹介!』と声が飛ぶ。


エンデは、襟を正して、再度、向き合う。


「初めまして、僕はエンデ ヴァイス。


 アンドリウス王国、ヴァイス子爵家の長男です。


 このような状況ですが、落ち着いて話をする為にも、先ずは、食事でもどうぞ」


『!!!』


『子爵家のご子息だと!』


思わずウオッカ男爵と、その背後の貴族から驚きの声が漏れる。


他国とはいえ、エンデは、子爵家の人間。


『爵位』に弱い貴族たちは思わず怯み、

お互いの顔を見合わせてしまうが

そんな状況でも、アリアンヌを筆頭に、

メイドたちは我関せずと

自身が与えられた任務を、着実に実行する為

それぞれに来客となる貴族を、空席へと案内を始めた。


メイドに案内されるがまま、空いている席に着く貴族達だが

目の前に用意された料理を見て

再び驚くしかない。


その理由は、どの料理の食材も、この街では手に入れにくい物というだけでなく

見たこともない物まで、あったせいだ。


「これは・・・・」


「どうやって、こんな食材を・・・・・・」


驚くウオッカ男爵だが、誰も口をつけようとしないことから

代表して、料理を口にした。


「!!!」


「旨い!」


思わず声を上げたウオッカ男爵を見て

警戒していた貴族達も、食事に手を付け始める。


「うん、旨い!」


「見事な味だ・・・・・」


それぞれに、誉め言葉を口にしながらも

食事をする手を、緩めない。


そんな中、ウオッカ男爵は

隣で食事をしているソマルに小声で話しかける。


「ソマル殿、この食材は」


「ああ、気付きましたか、この肉は『マッシュボア』の肉です。


 ご当主様の持ち出しですよ」


『マッシュボア』


山中奥深くに住み、なかなか姿を見かける事のない獣。


小型だが気性は荒く、無暗に捕獲しようとすれば

命を失うこともある。


その為、ハンターでも、滅多に捕獲できないレアな存在。


その肉を惜しみなく使われた料理だと知ると

否が応でも、自然と手が伸びる。


「うん、やはり旨い」


そう言葉にしたウオッカ男爵の前では

同行してきた貴族達が、

我先にと、マッシュボアの肉を、口に運んでいた。


すでに、ここに来た理由を、忘れているかのように

食事を堪能する貴族達。


中には、お代わりを要求している者までおり

本当に、ただの食事会と化していた。



だが、食事が終わり、メイド達が飲み物を配り始めると

雰囲気が変わる。


「先に、話を聞こうかな」


その言葉を聞き、ウオッカ男爵が、立ち上がる。


「エンデ殿、この度のベルガー殿とノース殿の勝手な行動と

 『貴族を纏める』という約束を違えたことを、改めて謝罪致します」


『勝手な行動』だった事を、しっかりと説明し、

私達は、その件に関与していないと、

エンデに伝えたウオッカ男爵の視線の先には

いつの間にか、連行されてきたベルガーの姿があった。


だが、そのベルガーだが、俯いたままで、

顔を上げようとはしない。


──ベルガー殿・・・・・


思わず、憐みの表情を浮かべたウオッカ男爵は

静かに、エンデの出方を待つ。


そんな中、口を開いたのは、エンデではなく

エブリンだった。


「話は、わかったわ。


 謝罪を受け入れます。


 それで、今後は?」


「も、勿論、貴方様方に従います。


 それは、ここにいる貴族の総意でもあります」


その言葉を聞き、エブリンとシャーロットは、

お互いの顔を見合わせた後、頷く。


「わかりました。


 では、今後は、私たちに従っていただきます」



その言葉に続き、エブリンとシャーロットから

次々と、街の再構築の為の指示が出され

貴族達は、各々に仕事を割り振られた。


それと同時に、今後、この街の運営は、

この場にいる貴族で行う事が伝えられたのだが

それで、終わりではなかった。


エブリンは、一言、最後に付け加える。


「いい?

 着服などの不正行為は死罪だから、

 絶対に忘れないように」


「は、はいっ!」


皆が返事をすると、

エブリンは、続けて、ウオッカ男爵へと顔を向けた。


「ウオッカ男爵、貴方が、この街の領主をしなさい」


「えっ!

 私ですか?」


ウオッカ男爵からしたら、領主はソマルだと思っていた。


だがソマルは、この決定に頷いている。


「何か、ご不満でも?」


首を横に振るしかないウオッカ男爵に、

一抹の不安を覚えたエブリンは『ハァ~』と

溜息を吐いた。



「もしかして、ソマルのことを気にしているの?


 それなら、気にしなくていいわよ。


 ソマルは、この街の商業部門を任せるの。


 だから、貴方が気にすることはないわ。


 商業に関することは、新たに作る『互助会』(商業ギルド)に一任して

 そこの責任者に、ソマルが就くのよ。


 まぁ実際に運営するのは、ソマルの屋敷の優秀なメイド達になりそうだけどね」


エブリンの説明に、ソマルは笑顔で『うんうん』と頷いているが

そんなソマルを、背後から、生暖かい目で見つめるメイド達に

ソマルは気付いていない。


この屋敷で生活し、エブリンは、気付いたことがある。


それは、気弱なソマルを支えるメイド達は、優秀な者ばかりだということ。


だからこそ、エブリンは、直接、メイド達に問いかけた。


『何故、ソマルに仕えているか?』


すると、本人たち曰く、『放っておけない』そうだ。


ならばと、ソマルを商業の責任者に仕立て、

メイド達を、その世話役として、働いてもらうことにしたのだ。


これで、貴族達に命令をしたことも含め

街は、うまく回っていくとエブリンとシャーロットは

判断した。


だが、これで、終わりではない。


もっとも、懸念することが、1つ残っている。


それは、『アルマンド教国が、この事態を放っておくのか?』という事だ。


ウオッカ男爵も、その事が気になっており

エブリンに尋ねてみたが・・・・・

返答は、あっさりとしたものだった。


「大丈夫よ。


 この国は、それどころでは無くなるから」



『どういう事?』と一瞬考えたが、

エンデ達が、この街と同じことを、

これから向かう王都でも

繰り広げるとわかったウオッカ男爵は、口をつぐむ。


──この先、この国は、どうなるのだ・・・・・


そんな不安を抱えながらも

『わかりました』と返事をし、その日の会議は終わった。



その翌日・・・・・


各貴族達は、先日の会議において

与えられた仕事に励む。


その中の1人、ベルガーは

任された職務を全うする為、スラムらしき場所に足を運ぶ。


彼に与えられた仕事は、この場所に住む者達に仕事を与え、

まともな生活に戻す事。


現状、親が仕事に就けず、子供達は、禄な食事が与えられていない。


それを解決せよとのことだ。


本来、殺されても仕方のないベルガーに

この命令に関して、拒否権など無い。


その為、今は、此処に出向いている。


だが、スラムの中には、どんなに手をかけても、働こうとしない者もいるだろう。


勿論、エブリンたちもその事は理解している。


だからこそ、シャーロットが、最後に付け加えた言葉。


「『働きたい』とか、『ここから抜け出したい』。


 そう思う者達を、助ければいいの。


 現状に満足し、働くことを受け入れない者達は、

 一纏めにしておきなさい。


 また働く気になったら、その時は、助けてあげればいいのよ」


そう告げたのだ。


全てを救うなど、妄想に過ぎない。


人は、それぞれに考えがある。


その為、無理難題と思えたこの任務も、

シャーロットの一言があったおかげで

ベルガーは行動に移す事が出来たのだ。




ベルガーの部下達は、抜けがないように

一軒一軒に顔を出し、声を掛け、住人の思いを聞こうとするが

やはり、、その作業は難航する。



突然現れた貴族の従者に、住人達が簡単に打ち明ける筈はない。


物を投げられたり、『帰ってくれ!』と叫ばれる。


そんな状況下、手を貸してくれたのは、コットンとクレープ。


2人も、住人たちと仲が良いわけではなかったが、

顔を知っているというだけでも、相手の対応に変化があった。


話を聞いてくれる。


不満を口にしてくれる。


ベルガーは、コットンとクレープに、賃金を払うことで雇い入れ

それぞれに護衛と書記をつけて、街を回らせた。


そのおかげで、進展が見えたことに、安堵するベルガー。


この仕事を失敗すれば、

ベルガーには、貴族としての価値を失われるだけでなく

どのような処罰が待っているか、計り知れないと

勝手に、思っているのだが

そう思うには、十分な理由がある。


昨日の会議終了後、ベルガーは、エブリンから

ある言葉を突き付けられていた。


「貴方の事を、許したわけではありません。


 この仕事を失敗すれば、それ相応の対価を払っていただきます」


対価の内容は伝えられなかったが、

対価が『死』だと判断したベルガーは、おびえるしかない。



「も、勿論だ。


 私は、約束を・・・・・」


「口では、何とでも言えます」


「・・・・・」


「では、お願いしますね」


最後に、微笑みを見せたエブリン。


しかし、その微笑も、ベルガーにとっては、悪魔の笑みにしか見えなかった。


そんな状況で、臨んだ仕事だけに

何が何でも、成功させるしかない。


その日から、コットンとクレープも、ベルガーの作業に参加し

住人達の言葉を、聞いて回った。



それから、1か月後。


貴族達は、与えられた仕事に励み、街は少しずつ変わり始めている。


もう、何処にも死体などは無い。


住人達の生活にも、活気が戻りつつある。


この状況に、満足したエンデ達は、

本来の目的地にむけて

旅立つことに決めた。



「じゃぁ、そろそろ行くよ。


 でも、何かあればすぐに戻って来るから」


今までの事から、勝手に良くないことを想像する貴族達は

エンデの申し出に苦笑いするしかない。


「そのような状況に、絶対致しません。


 貴方の思いを裏切る貴族など、もう、死に絶えました!」


懸命に伝える領主となったウオッカ男爵の様子に、

エブリンとシャーロットは、笑いを堪えることが出来なかった。


「『ウフフフ・・・・』わかったわ。


 エンデ、行きましょ」


新たに準備された馬車に乗り込むと

エンデ達は、アルマンド教国の王都を目指して、出発した。

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