第9話子爵家の過去

道すがら拾われたエンデは、馬車に乗ったまま、門を潜る。


2人は、エンデの予想通り、貴族で

男性が、【マリオン ヴァイス】子爵家当主。


女性が、【ルーシア ヴァイス】、マリオンの妻だった。


2人に続いて、エンデが自己紹介を終えると

マリオンが尋ねる。


「エンデ君は、この後の事、決まっているのかい?」



「ううん・・・・・」



首を横に振ると

何故か、ホッとした表情を見せたマリオンが

提案する。



「ならば、今晩は、私達の屋敷に泊ればいい」


「えっ!・・・・・」


エンデが、屋敷に誘われたことに驚いていると、

ルーシアも、マリオンの意見に笑顔で同意し、エンデを誘う。


「それは、いいわね。


 もう、これは決定よ!」



そう言い放つと、対面の席から、エンデの隣に座りなおすルーシア。


「エンデちゃん、遠慮なんてしなくていいのよ。


 それに、行き先が決まっていないのなら、

 ずっと、いていいのよ・・・・・・

 大丈夫。


 貴方の事は、私達が守るから」


ルーシアは、慈愛に満ちた表情で、エンデを、ギュっと抱きしめる。


この状況で、エンデに『断る』という言葉を口に出す勇気はない。


それに、行き先の決まっていないエンデにとって

有難い提案でもあった為、お礼を述べる。


「ありがとう」


その言葉に、満足しているルーシアたちを乗せた馬車が

平民街を抜けて、貴族街に入る。


すると、街の景色が一変した。


馬車の中から見える街並みは、大きな家ばかりで、

何処の家も、入り口には、門兵が立っている。




ランドル家も貴族街にあったが

街並みを見る余裕など無かった為、

エンデは、初めて見る貴族街に驚き、固まったまま眺めていると

ルーシアが、不思議そうに問いかけてきた。


「エンデちゃん、どうしたの?」


「あの・・・大きい家ばかりで・・・・・・」



「フフフ・・・・・私たちの家は、もっと大きいわよ」



ルーシアは、笑顔で答えた。


エンデが泊まる事になってから、

ルーシアは、ずっと笑みを浮かべ、エンデに寄り添っている。


その光景に、マリオンも、笑みを絶やさない。


そんな3人を乗せた馬車が、

とある屋敷の前で、止まった。


「さぁ、着いたわよ」


御者が扉を開けると、マリオンより先に

ルーシアがエンデの手を引いて降りる。


目の前には、途中で見た他の屋敷より、二回りほど大きな屋敷が建っている。


呆然と眺めているエンデ。


「ここが、私達のお屋敷よ」



ルーシアは、エンデの手を引き、屋敷へと歩き出す。


入り口には、2人のメイドと黒服を来た執事の【ヨシュア】が、待機していた。


一瞬、エンデを見て、驚いた表情を見せる3人。


しかし、直ぐに気を取り直して、頭を下げる。


「旦那様、奥様、お帰りなさいませ」


ヨシュアに続き、メイド達も頭を下げた。


「変わったことは、無かったか?」


「はい、何も問題は御座いません」


「そうか・・・・・」


何時ものやり取りをした後、マリオンは、エンデを前に出す。



「この子は、エンデ君だ。


 当分、屋敷に滞在するので頼んだぞ」



「畏まりました」



エンデと対面したヨシュアとメイド達だが、

何故か、何とも言えない表情をしている。


そんな状況の中、エンデに声を掛けるルーシア。


「さぁ、中に入りましょ」


ルーシアは、使用人たちの態度を、気にする素振りも見せず

エンデの手を引いて、屋敷の中へと入って行った。


自ら、屋敷を案内して回るルーシア。


その最中、とある部屋の前で足を止めた。


「さぁ入って、今日から、ここがあなたの部屋よ」


「えっ!?」


突然の事に、驚いているエンデの肩を押し、部屋の中へと誘う。


その部屋の中には、既に机やベッドにカーテン、全てが揃っており

まるで、エンデが来る事が、分かっていたかのようだった。


驚いているエンデに、声を掛けるルーシア。


「疲れたでしょ、屋敷の案内は、また明日にでもして

 今は、お風呂に入ってくるといいわ。


 着替えは、そこのタンスに、入っているから」



そう言った後、『また後でね』と付け加えて、

ルーシアが、部屋から出て行くと

同行していたメイドが、エンデに声を掛ける。


「では、参りましょう」


メイドは、タンスから幾つかの衣服を取り出すと

それを手に持ち、エンデを浴室へと案内を始めた。



浴室に到着し、エンデが脱衣場で服を脱いでいると、

少し離れた場所で、案内をしてきたメイドも、服を脱ぎ始めていた。


「え・・・・・」


娼館で生活していた為、過激なスキンシップには慣れている。


しかし、母様同伴以外で、他の人と一緒にお風呂に入ったことは無い。


その為、どうしたらよいのか分からず、挙動がおかしくなっているエンデ。


落ち着かず、辺りを見渡していると

メイド【イレーナ】と目が合ってしまう。



「どうかなさいましたか?」


「あ、いえ・・・・・」


先に衣服を脱いだイレーナが、エンデに近づく。


「脱がせましょうか?」


「だ、大丈夫です・・・・・」


慌てて衣服を脱ぎ終えたエンデの手を引き、

浴場に入ったイレーナは、洗い場で腰を下ろす。


「先に、体を洗わせて頂きます」


手を引かれ、腰を下ろしたエンデの体を洗うイレーナ。



「大人しくしていてくださいね」


エンデは、母様以外に、体を洗われる事が初めてで、

借りてきた猫の様に大人しくなっていると、イレーナが告げる。


「はい、次は前です」


思わずイレーナの顔を見る。


「ま、前は・・・・・」


言葉にしかけたが、イレーナの行動の方が早く、

クルっと、向きを変えられた。



「え、あ、・・・・・」


「大人しくしていてくださいね~」


そう言って、エンデの体を洗い始めた。


エンデの体を洗い終えたイレーナは、

先に、湯船に浸かるようにエンデに促すと

自身の体を洗い始める。



エンデは、その言葉に従い、湯船に浸かっているのだが

何故、この家族が、こんなに親切にしてくれるのかを考えてしまう。


それに、あの部屋の事も・・・・・


──なんか、不思議だなぁ・・・・・


ボ~っとしているエンデ。


そこに、体を洗い終えたイレーナが入って来た。


「何をお考えなのですか?」


イレーナの質問に、湯船に浸かり、気が緩んでいたエンデは、

素直に答えてしまう。



「僕は、この街の入り口で、2人と出会ったんだ。


 だから、何も知らない。


 それなのに・・・・・どうして・・・」



しばらくの沈黙の後、イレーナが口を開く。


「これは、独り言です」


そう告げた後、話し始める。


マリオンとイレーナの間には、2人の子供がいた。


女の子と男の子、姉と弟。


【エヴリン】と【マッシュ】。


2人は、とても仲が良く、いつも一緒にいた。


しかし、ある時、エヴリンが所用で抜けている時に、

事件が起きる。



1人で遊んでいた【マッシュ】の行方が分からなくなったのだ。



マリオンとルーシアは、兵を動員して、街の隅々まで

マッシュの探索をおこなったが

いくら捜索しても、マッシュの行方は、わからなかった。



それから3日後、マリオンたちは、不幸な報告が齎された。


スラムのドブ川で、死んでいるマッシュが発見されたというのだ。


馬車を走らせ、急いで駆け付けたマリオンとルーシアが見たものは

体中に傷を負い、衣服が乱れているマッシュの姿だった。


翌日、悲しみに暮れるヴァイス家は、

関係者だけで、ひっそりと、葬儀を行い

その席で、マリオンは告げた。



「私は、我が子を殺した者を、絶対に許さない!


 だから、どうか、この私に力を貸してくれ」



子爵家当主が、部下達に頭を下げたのだ。


「旦那様・・・・・」


あり得ない光景・・・・・


この日から、今まで以上に、部下たちは捜索に力を入れた。


だが、2年の月日が過ぎても、証拠となるものが、殆ど発見されず

犯人逮捕へと至らなかった。


唯一発見されたものも、

ゴミや動物の死体などが溜まっている場所に

流れ着いていた靴だけだった。


話し終えたイレーヌの目にも、薄っすらと涙が浮かんでいる。


「あの方が生きていれば、今年で8歳になっていました」


「僕と、同じだ・・・・・」


「え!?」


イレーヌは驚き、エンデの顔を見る。



「そうだったんですね。


 お顔や背格好だけでなく、同じ年齢だったとは・・・・・」



「え!

 その人、僕に似ているんだ」


「ええ、とても・・・・・・それに、あのお部屋は、マッシュ様のお部屋でした」


「そうなんだ。


 そんな思い出の詰まった部屋を、僕が使っていいのかなぁ?」


「ええ、構いません?


 奥様もそれを望んでいると思います。


 ですので、あの部屋をお使いください」


イレーヌは、そう言い終えると、エンデに抱き着いた。


「お帰りなさいませ・・・・・・坊ちゃま」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る