第10話罠

イレーナから、渡された服に着替え、

マリオンとルーシアのいる応接室に顔を出すエンデ。



「お風呂、有難う御座います」



エンデがお礼を伝えたが、目の前にいる二人の耳には、届いていない様子。


確かに、2人の視線の先にはエンデがいるのだが、

ただ2人は、呆然と見ているだけ。


「マッシュ・・・・・」



ボソッとルーシアが呟いた言葉は、エンデにも届いていた。


現在、エンデが着ている服は、マッシュの為に、2人が買い揃えていた物。


だが、エンデにも、丁度良く、まるで、エンデの為に買い揃えた物の様にも思えた。


死に分かれた息子、マッシュの生まれ変わりとも思える程の容姿をしたエンデに

涙が止まらないルーシア。


その横で、肩を抱き、ルーシアを支えるマリオン。




エンデは、先程、イレーナから話を聞いていたおかげで、状況が飲み込めているが、

自分を見て泣かれている事に、戸惑いを隠せない。


そんな状況の中、突然、女の子が入って来る。


「お父様、お母様、只今戻りました」


「・・・ああ、お帰り」


言葉少なに、返事をしたマリオン。


その横で、涙を流しているルーシアに、

【エヴリン】は、理解が追いつかず、戸惑ってしまう。


「お父様、お母様は、どうされたのですか?」


「うん、その・・・・・ちょっとな・・・」


歯切れが悪そうに返事をしたマリオンだが、

エブリンに顔を向けたまま、話を続ける。


「実はな、今日は、客人がお見えなのだ」


そう言って、マリオンは立ち上がり、エンデに近づくと

マリオンの側に立つ少年の姿を見て

エヴリンも、気が付いてしまった。


「マッシュなの・・・・・」


表情が変わる。


溢れだす涙。


ここで、ルーシアの涙の意味を理解した。


涙を流しながら、怒りの表情を見せるエブリン。


「貴方は、どれだけ困らせれば、気が済むのですか!」


泣き叫びながら、エンデに抱き着いた。


内心、『この人誰?』と思いながらも、

エンデは、逆らう事はせず、好きにさせた。


娼館で過ごした日々のおかげで、

女性に対する免疫を持っているエンデ。


逆らうのは、無駄だと知っている。


思い出される娼館での日々。


朝、起きると、誰かが全裸で、エンデの隣で寝ている事など普通の出来事。


スキンシップと言わんばかりに、部屋に連れ込まれる事など日常茶飯事。


そうやって免疫を付けられたエンデ。


これしきの事で、動揺はしない。


だが、エヴリンが大泣きし、服が酷い事になり始めていた為、

目配せをし、部屋の中にいるイレーナに、助けを求めた。


──お願い、助けて・・・・・


意図が伝わったのか、イレーナは、一歩前に、足を踏み出す。


──良かった、助かる・・・・・


そう思ったのも、束の間。


イレーナは、エンデをスルーし、部屋に置いてあるワゴンから

紅茶を二つ準備すると、マリオンとルーシアの前に置いた。



「旦那様、奥様、お茶が冷めてしまいましたので、新しい物をお持ち致しました」



「ありがとう」


「恥ずかしいところを見せてしまったわね」


「いえ、当然の反応だと思います」


「ありがとう、感謝するわ」



2人から、お礼と感謝の言葉を伝えられ、イレーナは、笑顔で一礼をし

元の場所で、待機する。



その様子を、エヴリンに抱き着かれたまま見ていたエンデは思う。



──イレーナさん、僕を助けて・・・・・・



そんな事を思っていると、ルーシアが声をかける。



「エヴリン、エンデちゃんが、苦しがっているから離れなさい」



「えっ!?


 エンデ・・・・・・?」



「ええ、その子は、エンデちゃん。


 街の外で、出会ったのよ」



思わず、エンデを見返すエヴリン。



「貴方、マッシュじゃないの?」



エンデは頷く。


エヴリンは、もう一度、エンデの顔を見るが・・・・・



「え・・・・・嘘でしょ」



あまりにも似ている為に、エヴリンは混乱している。


マッシュは、死んでいる。


なので、生き帰る筈がない。



それでもエヴリンは、エンデから、離れようとしなかった。


エヴリンは、エンデの手を引き、母親であるルーシアの前に連れて行く。



「お母様、この子、私に頂戴!」


まさに、貴族らしい発言をするエブリン。


それに対し、ルーシアが反応する。


「駄目よ、エンデちゃんは、私の物よ」


驚くエンデ。


──えっ!?

何時から?・・・・・・


そう突っ込みそうになるが、エンデは耐えた。


2人は、微笑みながら、話しをしているが、

お互いの目の奥は、笑っていない。


「お・か・あ・さ・ま・・・・・・


 いいでしょ!


 私に下さい!


 それが駄目なら、お世話を私に任せて!」


「駄目よ、エンデちゃんのお世話は、メイド達の仕事ですもの。


 それに、お世話は私もするから、駄目に決まっているのよ」


「お母様が良くて、私は駄目なのですか!」


2人は、言い争いを始めた。


その様子を満足そうに、見つめるマリオン。


「止めなくていいのですか?」


エンデの問いかけに、マリオンが答える。



「ああ、構わない。


 マッシュが生きている頃は、ずっとこんな感じだったんだ。


 2人共、相当可愛がっていたからね」



マリオンの様子から、この光景が、

聞き及んだ事件から、見る事の無かった光景なんだと理解出来た。



和やかに2人の言い争いが続いている中、

突如、呼び鈴が鳴った。


慌ててメイドが屋敷の入り口へと向かう。


そして、暫くして戻ってきたメイドが、マリオンに耳打ちをした。




「【カーター レイトン】子爵様が、お見えで御座います」


マリオンの表情が変わる。


溜息を吐き、ソファーから、立ち上がるが、

その態度から、カーターが、歓迎されていない客だと理解できる。



仕方ないとばかりに、

マリオンが、応接室の扉に手を掛けようとした時、

廊下の方から、言い争うような2人の声が聞こえて来た。


動きを止めるマリオン。



「カーター様、お待ちください。


 只今、旦那様をお呼びして参りますから!」



「要らぬ、勝手知ったるマリオンの屋敷だ。


 案内など不要だ!」



自身の屋敷の様に、勝手に進んで行くカーターは

辿り着いた応接室の扉を開く。


「失礼する」


ズカズカと部屋に踏み入ると、

道を塞ぐように、マリオンが待ち構えていた。


「今日は、一体何の用なのだ」


カーターは、見下すような態度で、用件を伝えようとした時、

エンデの姿が目に入った。


「マッシュだと・・・?」


エンデの姿を見た瞬間から、様子がおかしい。


あまりにも、怯え過ぎなのだ。


思わず後退るカーター。


だが、それは、入り口とは違う方向。


直ぐに壁にぶつかり、逃げ道を失ってしまう。




カーターは、動揺しながら、必死に辺りを見渡すが、助けてくれる者などいない。


自然と、エンデと目が合ってしまう。


「ヒィ!」


恐怖に慄きながらも、カーターは、叫ぶように言葉を発する。



「何故だ!


 何故、貴様が生きているんだ!


 あり得ない・・・・・絶対に信じないぞ!


 貴様は死んだ筈だ・・・・・なのに・・・

 何故、生きているんだぁ!」




額から、大量の汗を流し、震えるカーター。


誰の目から見ても、尋常ではない。


マリオンは、わかってしまった。


だが、自白させなくれば、意味がない。


その為、笑顔を見せて、カーターに歩み寄る。


「カーター、何を怖がっているんだ?


 さぁ、こちらに来て、一緒に座ろうではないか。


 そうだ、マッシュも、会うのは久しぶりだろ。


 こちらに来て、ご挨拶をしなさい」



マリオンは、敢えてエンデをマッシュと呼び、

カーターから、何かを聞き出そうとしている。


その事に気が付いた他の者達も、話しを合わせる事にした。


「マッシュ、カーター レイトン子爵様に、

 きちんと、ご挨拶をするのですよ」



カーターのフルネームを知らないエンデの為に、

ルーシアは、敢えて、そのような言い方をする。


エンデが、カーターに近づく。


距離が縮むにつれ、カーターの顔色が変わる。


そして、後数歩というところで、エンデが足を止めた。


「カーター レイトン子爵様、ご無沙汰しております。


 その節は、お世話になりました」


どうとでも取れる言葉で、カーターの出方を伺うエンデ。


探索に手を貸してくれたお礼の挨拶とも取れるが、

もう一つ、あの事件の犯人という線も残している。


思い当たる節が無ければ、捜索で手を貸してもらった事だと考えるが、

思い当たる節の多いカーターは、

選択を間違えた。


「そんなつもりでは、・・・・・」


自身に復讐する為に、蘇ったと勘違いしているカーターは、

余計なことまで口にしてしまう。


「あれは・・・事故、そうだ、事故だったんだ!


 脅すだけのつもりだったんだ。


 だが、あいつらがやり過ぎてしまったんだ。


 私は、後悔している。

 

 本当だ。


 だから、頼む。


 命だけは・・・・・・」


床に頭を付けて、命乞いをするカーター。


2年間、手掛かりさえ見つからなかったのに、

エンデの出現で、あっさりと犯人が、わかってしまった。


「貴様だったのだな・・・・・」


我を忘れそうになるほどの怒りを滲ませて、呟くマリオン。


カーターが、マッシュを殺したとなれば、

思い当たる事がある。



数年前、国王から届いた手紙。


それは、新しい街で、領主に任命する手紙だった。



勿論、任命されたのは、マリオンのヴァイス家。


カーターのレイトン家では無かったのだ。


その事実が、カーターには許せなかった。



「何故、ワシではないのだ!」



領地を持たない子爵たちは、王都に上がった時、

いつも肩身の狭い思いをしていた。


カーターは、そんな立場から、先に抜け出したマリオンが許せなかったのだ。


そこで、誘拐を企み、ヴァイス家から、領主の座を譲り受ける作戦を立てた。


荒くれ者の冒険者を金で雇い、マッシュを攫わせる。


それを、カーターが助け出し、

マリオンに恩を着せ、御礼として、領主の座を譲らせる計画だった。


計画は順調に進んでいた。


しかし、思ったより、マッシュに抵抗された事で

金で雇われた冒険者たちは、苛立ち、思わず、切り殺してしまったのだ。



その話を聞いたカーターは、頭を悩ませた後

仕方なく作戦を変更し、

ヴァイス家の者達を精神的に追いつめ、

街と国からの信用を失わせた後、改めて領主の座を奪う事にした。




先ずは、死体となったマッシュを、スラムのドブ川に捨て

犯人を、スラムの住人達の中に、いるように思わせた。


マリオンは、その作戦に、引っ掛かり、スラムに兵を送り込んでしまう。


スラムに到着したマリオンの兵は、聞き込みを行うと同時に

スラムに潜んでいる悪人を見つけ、尋問をおこなった。


だが、犯人は見つからない。


見つかる訳がないのだ。


犯人探しに、必死になっているマリオンは、

歯止めが利かなくなっており、

良き隣人の振りをしているカーターの口車に乗せられて

今度は、平民街にも、手を伸ばす。



その間に、カーターは、金で商人を味方につけ、

街にマリオンの悪い噂を流させた。


すでに、スラムでの一件が、悪いように流されていた為

そのでたらめな噂を住人達は信じてしまう。


とうとう悪い噂が蔓延し、マリオンに味方する者など、

殆どいなくなり、孤立する状態となったが

そんな時でも、カーターは、良き隣人のふりをして、

マリオンに接触し続け、気遣うふりをした。


そして、本来、ヴァイス家に与えられる仕事を代わりに受けて

どんどん街での評判を上げていった。



失墜してゆくマリオンのヴァイス子爵家。



思惑通りに事が進み、タイミングを見計らっていたカーターは、

追い打ちをかける為に、手のひらを返す。



今まで、マリオンの代わりに受けていた仕事を、

カーターは一斉に放棄し、国へ訴えたのだ。




『ヴァイス家は、領主の話が決まってから、民と街を蔑ろにして、

 他の貴族達に仕事させている。


 貴族としての責任を果たそうとしない』



そう書かれて国へ送られた訴状には、レイトン家を筆頭に、

他の貴族達の名も綴られていた。



その為、国王は、無視するわけにはいかず、領地を与える話を白紙に戻したのだ。


同時に、今後、同じ事をすれば、爵位の剥奪も考えるとも記されており

マリオンは、マッシュの仇を探す事さえ、

許される状況ではなくなってしまった。


マリオンを引きずり落とす事に成功したカーターは、

次なる行動に出る。



通達のあった翌日、カーターは、国からの命令だと言い、

マリオンに、無理難題を押し付け始めたのだ。


本来なら、国王や宰相に、問い合わせるべきところなのだが

今のヴァイス家の話など、聞く耳など持たれない事は、理解できる。


その為、黙って従うしかない。


日を追う毎に、追い詰められ、苦しくなるマリオン達。


だが、逆らうわけにもいかない。


少しでも犯行の意を見せれば、子爵という立場も失ってしまう。


それでは、先祖に顔向けが出来ない。


日々、葛藤を繰り返していた時に、出会ったのが

マッシュに、そっくりなエンデだった。



そのエンデのおかげで、犯人が判明した。


マリオンの屋敷で、盛大に暴露したカーターは、

すぐさま、兵に捕らえられ、牢獄に放り込まれた。



だが、同じ爵位を持つ者同士では、裁くことは出来ない為

この事実を手紙に記し、国王に判断を委ねる事とし

王都から派遣される者を、待つ事になった。


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