第57話斥侯 開戦

「聞きたいのは、みんなの居場所。


 何処にいるの?」



地面に座らされているゲインだが

やはり裏切る事に、抵抗があるようで俯いたままだ。


その態度に、ダバンが苛立つ。


「おいっ!」


ゲインの後ろから、ダバンは、声を掛けると同時に、蹴りを放つ。


『ぐはっ!』


前のめりに倒れ込むゲイン。


偶然にも、ゲインの倒れた場所は、エンデの足元。


顔を上げると、エンデと目が合う。


「やはり、話すわけにはいかん。


 殺したければ、殺せ!」


「そうかい・・・・・」


ダバンは背後から回り込むと、地面についていたゲインの手を踏みつけた。


鈍い音と共に、手の甲の骨が砕ける。


『がぁぁぁぁ!』


手を踏みつけたままの状態で、ダバンが問う。


「攫った兵士は、何処にいる?」


あまりの激痛に、唸り声をあげ、額から汗を流し始めるゲイン。


だが、唸るだけで、返答が無いことに、苛立つダバンは、

お構いなしに踏みつけている足に、力を込めた。


『ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!!』


響く、叫び声。


その声を無視して質問を続ける。


「さぁ、言え!

 何処にいるんだ!」


ダバンは、執拗に痛みを与え、ゲインの心を折りにかかった。



空に、青みが掛かり、夜が明け始めた頃、

両手両足の骨は完全に砕ていた。


地面に四肢を放り投げた形で

ゲインは倒れこんでいる。


両手両足の甲の後は、肘と膝と次々に砕かれ

最早、抵抗する気力すら残っていない。


そんなゲインに、追い打ちをかけるように言い放つ。


「次は、背骨でも折るか・・・・・」


その言葉を聞き、ゲインは、口を開く。


「ゴ・・・ゴンドリアに戻る途中に、村がある。

 そこに捕えている・・・・・・」


「じゃぁ、そこに案内してよ」


エンデの言葉に、ゲインは驚く。


──身動きが取れない俺に・・・どうやって・・・・・


声には出さなかったが、そんな疑問が、顔に現れている。




「問題ないよ、僕が治すから。


 それで、案内してくれるの?」


『治す』


その言葉を聞き、この痛みから逃れられるならと、

何度も頷く。


『わかった』と言い、

エンデは、右手をゲインの両足に当たる様に翳す。




暖かい光が患部を包み込み、見る見るうちに治療されてゆく。


それは、時間を巻き戻すかのように・・・・・・


──何だこれは!・・・・・


治癒魔法は、この世界にもある。


しかし、ゲインが今まで見て来たものとは全く違うのだ。


ゲインが負った怪我は、重症の部類に入る。


その場合、傷は癒えても、多少の違和感が残る筈なのだが

エンデから受けた治癒魔法は、違和感すら残っていない。


暖かい光に包まれていたゲインの両足は、完全に回復した。


「もう、大丈夫だよ」


その言葉の通り、完治している。


だが、エンデが治したのは足だけ。



「これで、歩けるよね。


 また、話さなくなったら困るから」


「いや、そんな事は・・・・・」


必死に否定しようとしたが、エンデは、被せるように伝えた。


「とにかく、案内頼むよ」


そう言い残し、エンデは、テントに向かって歩きだす。


ゲインは、地面に座ったまま、完治した足を眺めている。。



──あいつは、何者なのだ・・・・・

  それに、どんな力を持っているのだ・・・・・・


この出来事により、エンデに対して、恐れを抱く。


──こんな奴が、あの国にいたなんて・・・・・


そう思う反面、兵士としての義務も忘れてはいなかった。


──兵士など、返してやる・・・・・

  だが、この事実だけは・・・・・・


ゲインは、この事実を国に知らせる事を誓った。



一連の出来事の最中、逃げることも出来ず

呆然としていたノルマンだが

エンデがこの場を離れた事で、我に返った。


この場には、3人しかいない。


ノルマンにゲイン、そしてダバン。


そのダバンは、ゲインを監視している。


──私の事は、誰も気にしていないのか・・・・・


そんな考えが脳裏を過ると

ゆっくりと足を動かす。


気付かれないように、ゆっくりとゆっくりと・・・・・


──森の中にさえ入れば、何とかなるかもしれない・・・・・


そう考えたノルマンだが、そんな甘い事は無かった。


「おい、何処へ行く?」


振り向きもせず、ダバンが声を掛けてきた。


動揺するノルマン。


「あ、いや・・・その・・・」


「逃げるつもりか?」


返す言葉が見つからず、思わず視線を逸らした瞬間

ダバンが、背後に現れた。


「お前もこちらに来い!」


襟首を掴まれ、引き摺られてゆくノルマン。


必死に抵抗するが、びくともしない。


ゲインの元に辿り着くと

ダバンは、ノルマンを放り投げた。


「次に、怪しい行動をすれば

 迷わず殺す」


そう言い放ったダバンの言葉には、殺気が込められており

ゲインとノルマンの動きを封じるには、十分だった。




その日の正午。


エンデたちは、ゲインの案内のもと、

アンドリウス王国の兵士たちの救出に動きだす。



先頭を歩かされるゲイン。


その後ろに、馬車が続く。


ノルマンが裏切った事で、御者はアラーナが務めている。


暫く進み、太陽が45度あたりに傾いた頃、

ようやく、家屋らしきものが見えてきた。


「あそこだ・・・・・」


ゲインが差した場所には、確かに村があった。


だが、普通の村とは、何かが違っている。


その理由は、家屋が森の中にある感じで

広場といえる場所が、殆ど無いのだ。


そんな村に、道を辿って、ゆっくりと村に近づくと

突然、矢が降り注ぐ。


先頭を歩いていたゲインは、この攻撃の事を知っていたので、

咄嗟に木々の隙間に身を潜めた。


──これで、奴らも・・・・・・


そう思い、潜んでいる場所から、そっと馬車の方へと、顔を向ける。


『!!!』


「何故だ!」


ゲインの目に飛び込んで来た光景。


それは、無傷の馬車と、幌の中に隠れようともせず、

御者台に座り、馬車を止めて待機しているアラーナの姿だった。


「何が、どうなっているんだ!」


その理由を、ゲインは目の当たりにする。


放たれ続ける無数の矢だが

馬車に近づくと、何かに阻まれて、地面に落下しているのだ。


「また、あいつの仕業か!」


苦虫を嚙み潰したような表情で呟くゲイン。


しかし、飛び出せば、被害を受ける可能性がある為

見ている事しか出来ない。


無数の矢は、今も降り注いでいる。


だが、時が経つにつれ、その数が減り始めた。


その原因は、エンデとダバン。


敵の居場所を、矢の飛んでくる位置から特定すると、

飛んで来る矢を搔い潜り、次々と敵を屠っていたのだ。


2人の攻撃に、矢での攻撃を諦め、近接戦に切り替えた村人達は

武器を手に、連携しながら襲い掛かる。


周囲の木々が障害物となり、

思った通りの動きが出来ないエンデ達と違い

この場での戦いに慣れている村人達は、見事な連携を見せて

エンデたちを追い込んだ。


「チッ!」


思わず舌打ちをするダバン。


木々を上手く使い、エンデとダバンの攻撃を躱しつつ、

反撃を試みる。


だが、無暗に近接戦を仕掛けず、一定の距離を保っている。



そうこうしている内に、村人達は上手く隙を突き、

馬車から離れて隠れていたゲインの救出を成功させる。



「隊長、大丈夫ですか?」


「ああ、助かった。 


 感謝する」


ゲインと共に、村へと引き返してゆく村人達。


その時、シールドで守られている馬車の御者台に立ち、

エブリンが叫ぶ。


「エンデ、いつまで遊んでいるの!?

 本気で戦いなさい!」


その声はエンデの耳に届いた。


馬車の方へ振り返ると

エブリンと目が合う。


『やっちゃいなさい!』


そう言っているようなジェスチャーに頷いたエンデは

背中から翼を生やす。


「ダバン、馬車に戻って!」


「はっ!」


指示を受けたダバンは、その場を離れ、馬車へと駆けだす。


そして、到着したことを確認すると、エンデは右手を空に掲げた。


『ホーリーランス』


その言葉に従い、無数の光の槍が現れ、空を埋め尽くす。


驚きの余り、動きを止めてしまった兵士たちに、逃げ場など無い。


エンデが手を振り下ろすと、地上に光の槍が降り注いだ。


攻撃を躱す為、木々に隠れる兵士もいたが、光の槍は、木をも貫いた。


「ヒィィィィィ!」


「ぎゃぁぁぁぁ!」


悲鳴と叫び声が木霊する。


逃げ惑う兵士たち。



その頃、一足先に、村の家屋まで、辿り着いていたゲインは、

救護班の手により、治癒魔法をかけられていた。


やはり、エンデの魔法のようにはいかない。


それでも、ゆっくりだが、治っていく感覚はあった。


「このままで、終わってたまるか」


腕の感触を確かめながら、呟いたゲインだったが

1人の兵士が飛び込んで来たことで、その決意も無駄に終わる事を知る。



「大変です!

 わが軍が、全滅します」


まだ、それ程時間は経っていない。


それなのに、この報告。


「全滅・・・・・だと」


「はい、突然、空に無数の光の矢が現れ、わが軍の兵士たちを・・・・・・

 全て、あの少年の仕業です」


──また、あのくそガキか・・・・・・


拳を力一杯握り、悔しさを露わにするゲイン。


だが、そんなゲインの態度を気にも留めず、兵士の話は続く。


「あの少年ですが、人族では無かったようです」


「は?」


「隊長が、こちらに治療に向かった後、あの少年の背中から、翼が・・・・・」


「翼だと・・・・・何の亜人だ?

 翼があるという事は、鳥人族か?」


「いえ、それが見たことも無い翼でして・・・・・」


「そうか、だが、亜人だという事は、何処かに主がいるかも知れぬ」


──あの時、ガキが、馬も亜人に命令をだしていると思ったのだが、

  他にいたという訳だな。


  ならば・・・・・


冷静に思い出す。


馬車に乗り込んだ時、男が2人とメイドが2人。


それと、少女。


──そうだったのか!・・・・・・


エブリンが2人の主だと思い込む。


「ハハハ、まんまと騙されたよ。


 だが、これで、こちらも勝機が見えたよ」


歪な笑みを浮かべながら、その場にいる兵士たちに、指示を出す。



「2人を馬車から、引き離せ。


 その後、馬車に乗っている少女を捕えよ」


「少女?」


「ああ、馬車には、メイドが二人と少女が乗っている。


 その少女こそが、2人の主だ。


 もし、それが、間違っていたとしても、

 人質としての役目は、十分に果せるだろう」



兵士にはそう伝えたが、

この場に、何の取り得もない少女が来ると思えない。


ゲインは、エブリンが2人の主だと決めつけた。



治療を終えたゲインも、戦いへの参加を決意し、

武器を手に、家屋から出ると、

生き残っている兵士たちの元へと歩き出した。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る